「七星く〜ん!本年度における春の【公演会】の題材は、『ロミオとジュリエット』に決定いたしましたよ!」

「ひゃわっ、と……日々樹先輩!急に天井から落ちてこないでくださいよ。ビックリするでしょ!?」

「フフフ。普通に登場したら面白みがありませんからね〜? もう慣れっこになってしまった北斗くんとは違って、七星くんは毎度のことながら良い反応を見せてくれますね!驚かしがいがあります…☆」


そう言って、楽しくて堪らないといったように目を細める日々樹先輩。廊下を歩いていたら突然天井から降ってくるし、どういった仕掛けかはわからないけど、相変わらず目立ちたがりで掴みどころのない人だ。

僕は大きく溜息をつく。彼の突拍子のない言動にいちいちツッコミを入れていたら、きっと身が持たないだろう。この昼休憩を終えたら椚先生の授業があるんだ。体力は温存しておくに限る、と僕は冷ややかな眼差しを向けながら口を開いた。


「それで? 春の【公演会】の題材が『ロミオとジュリエット』に決まったんでしたっけ? ……あいかわらずシェイクスピアがお好きなんですね、日々樹先輩は。」

「フフフ。私の好みというよりも、仕様上、必然的にそうなってしまうんですよ。我らはプロの劇団ではありませんし、演劇科の人間も含めて役者やスタッフの力量や個性、経験もばらばらです。突飛なオリジナル演劇などを十分にこなすには何もかも足りません。」

「へえ、そういうもんですか…。まあ、僕が演じるわけじゃないし、なんだって構いませんけどね。」

「おや、何を言ってるんですか。 今回はあなたも舞台に上がるんですよ、七星くん?」

「っは、はあ!?」


思わず大きな声が出て、廊下にいた生徒達の視線を集めてしまった。もし近くに蓮見先輩がいたら、間違いなく注意されていただろう。
しかし、そんなことを考える余裕もないほどに動揺していた僕は、一体どういうことかと日々樹先輩に詰め寄る。すると、彼は手を広げて、やれやれと首を横に振った。


「あなたにはいろいろと事情がありましたからね〜。これまでは北斗くんとのわだかまりがとけるまで、と私も甘やかしてきましたが、それはもう心配無用のようですし。演劇部員を名乗っている以上、あなたにもしっかりと活動していただかないと!」

「いや、これまでだって公演のときは、音響とか照明とかいろいろ手伝ってきたでしょ?今回だって、別に裏方の仕事で良いじゃないですか…。」

「そういうわけにもいかないんですよ。ご存知の通り、我ら演劇部は部員4名の弱小部活動ですからね〜。
もちろん、今回も演劇科の面々には協力を頼んでいますけど、これはあくまでも演劇部の【公演会】ですから。なるべく役者は、我ら演劇部から抜擢すべきでしょう。」

「そ、それはそうかもしれませんけど…!」

「それにあなた、今年度入ってからまだ一度も部室に顔を出していませんね? あなたが演劇部に所属していることすら知らない部員だっているんですよ。たまには演劇部員らしく、部活の仲間と一緒に台本の読み合わせでもして交流を深めなさい。」

「………。」


僕は言い返す言葉が見つからず、ごくりと固唾を飲み込んだ。日々樹先輩にしては、ごくまともで部長らしい発言をするじゃないか…。

午後の授業の開始を告げる予鈴が鳴り、生徒たちは各々の教室へと戻っていく。僕も早く教室に戻らないと遅刻したら椚先生に怒られてしまうな、とまるで他人事のように考えながら、にんまりと笑う日々樹先輩を見据えた。
ずいぶんとご機嫌な様子だ。……端から僕に拒否権をくれるつもりなどないらしい。僕はこれ以上ないほど深ーい溜息をこぼし、やがて意を決したように口を開いた。


「……わかりましたよ。今度の【公演会】は、僕も役者として参加しましょう。でも、一つだけ条件があります。」




ロミオとジュリエット01




「というわけで、春の【公演会】は氷鷹七星くんも役者として参加することになりました!みなさん、仲良くしてあげてくださいね…☆」


部室に着くと、日々樹先輩はまるで転校生を紹介する教師のように、僕をみんなの前に立たせた。“みんな”と言っても、ここにいるのは助っ人としてきてくれた乙狩くんや演劇科の面々、

それからーー


「あ、あの!北斗先輩の弟さん…!えっと、覚えてますかね? 俺、【DDD】の準決勝のときに対決した『Ra*bits』の、」

「真白友也くん、だろ?【DDD】なんてついこの間のことなんだから、さすがの僕でも覚えているよ。……まあ、キミが演劇部に入部していたことは今日初めて知ったけどね。」


僕が溜息混じりにそう告げれば、彼はぱあっと表情を輝かせた。真白友也くん。『Ra*bits』というユニットに所属する1年生で、どうやら北斗の熱狂的なファンらしい。
「北斗先輩はいつも俺を変態仮面から守ってくれるんです!まさに王子様!」と頬を赤らめながら話す彼は、さながら恋する乙女のようで。まあ確かに顔は国宝級だよな、と考えていれば、日々樹先輩が僕の肩に手を添えて、ニコニコしながら口を開いた。


「さあ!顔合わせも済んだところで、さっそく本題に入りましょう…☆ 本番当日まで猶予もないですからね。
本日はみなさんお待ちかねの配役決めを行いたいと思います!まずは『ロミオとジュリエット』で最も重要な『ジュリエット』役から。」

「へえ、ジュリエットが一番重要な役なんですね。俺、勉強不足でごめんなさいだけど、『ロミオとジュリエット』は読んだことがなくて……いまいちよく知らないんです。」

「僕もだよ。というか、今どきシェイクスピアを読んでる男子校生の方がレアだろう。……まあ、芝居をするからにはちゃんと読むけどね。ひとまず図書室でマンガか、子供向けに簡略化された本でも貸りて読んでみるよ。」

「七星先輩…!本がよく似合う知的な儚げ美少年かと思いきや、マンガとかも読まれるんですね!? 俺、なんだか急に親近感わいてきちゃいました…♪」


ガチャ


「すまん、日直の仕事で遅くなった。確か、今日は【公演会】について話し合うと聞いていたが、どこまで話が進んで…………七星?」


会話を遮るように演劇部の扉が開き、そこから親より見慣れた顔が現れる。憎たらしいほどさらさらな髪から覗く切れ長の双眸が、僕の姿を捉えると同時に大きく開かれた。
「あっ、北斗先輩だ!」と表情を明るくした後輩には目もくれず、北斗はずんずんと僕の元へ歩み寄る。そして、僕の肩に置かれていた日々樹先輩の手を一切躊躇うことなく振り落とした。


「七星に触るな、変態仮面!」

「おやおやぁ、私と七星くんの間に立ちはだかって、さしずめ『お姫様』を守る『王子様』というところでしょうか。お待ちしておりましたよ、北斗くん…☆」

「七星、無事か?!日々樹部長に嫌なこととかされてないか。もし何かされそうになったら、すぐに俺を呼んでくれ。いつどこにいたとしても必ず駆けつけて、おまえを守ると約束しよう。」

「はあ〜重度のブラコンは相変わらずのようで、安心致しました。 でも、無視はよくありませんよ、北斗くん!もっと私を見て、私の愛を感じ取ってください!Amazing!そう、あなたの日々樹渉です……☆」

「………2人とも、一度黙ってくれないかな。収拾つかなくなる。」


全く……後輩も見てるんだから、2人とももっと落ち着きのある言動をしてほしいよ。僕は自分の世界(北斗の場合は自分と僕だけの世界)に入っている2人を咎めて、仕切り直す。
ええっと、今まで何の話をしていたんだったか…。記憶を辿っていると、この中で一番常識を持ち合わせている真白くんが話を戻してくれた。


「えっと確か、『ジュリエット』役について話してたんですよね。一番重要な役回りらしいですけど…。」

「ああ、そうでした!先程も述べたとおり、『ロミオとジュリエット』の物語は基本的にジュリエットが起点になって進行するんです。ジュリエットが素直に抵抗せず、己の運命を受け入れていれば、そこで話は終わっていたでしょう。」

「ふむ。つまり、ジュリエットは物語を先に進める推進力、動力源となるわけだな。そんな重要な役回りなら、ジュリエット役は部長がやるべき、といつもなら提案するんだが…。」


北斗の視線が僕へと向けられる。僕はぷいっとそっぽを向いた。


「七星が部室にいるということは、今回は役者として舞台上に立つつもりなんだろ?」

「まあ……これでも一応、僕も演劇部員だしね。役者の数が足りないというのなら、断れないさ。」

「それなら、ジュリエット役は七星に決まりだ。七星の演技力の高さは誰もが認めているし、七星以上に可憐で愛らしい人など存在しないからな。」


フンッと鼻を鳴らし、自信満々にそう話す北斗に、はいはいと僕と日々樹先輩は慣れたようにあしらう。真白くんは北斗の初めて見る顔に動揺を隠せないようだ。「俺の知ってる北斗先輩じゃない…!」と打ち拉がれている。

彼の理想の王子様像を壊してしまったのは大変申し訳ないけど、北斗のブラコンは別に今に始まったことじゃないからね。これも大好きな先輩の一面だと思って、受け入れてもらうしかないかな。

まあ、離れていた期間が長かった分、ブラコン度が増しているような気はしてるけど。僕がいかに魅力的かを語る片割れを尻目に、僕は深い溜め息を溢した。


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