23


「そういえば、七星の紹介ってまだだったよね!よしっ、ウッキ〜!紹介頼んだ…♪」

「ええっ、僕っ!?」


始めの曲を歌い終え、アウトロが流れる中、明星は突然思い出したようにそう言った。確かに、僕以外の『Trickstar』のメンバーは【S1】の時に『2wink』の双子から紹介されていたはずだけど…。

明星の言葉に、メンバーや観客の視線が僕と遊木に集まる。遊木は明星の急な振りに目を丸くしていたが、さすがは放送委員。そういうことには慣れているようで、彼は直ちに口角を上げ、弾むような明るい声色で言った。


「ええっと…、もう知っている人も結構いるよね? 彼は『Trickstar』の双子星!氷鷹北斗くんの双子の弟で、訳あって最近までアイドル活動を休止していた氷鷹七星くんです…☆」

「今はちょっと反抗期気味だけど、かわいいかわいい俺らの弟だよ〜!よろしくね♪」


誰が反抗期の弟だ。僕の肩に腕を回し、遊木の紹介文に付け加える明星を、僕はムスッと睨みつける。
何度も言うけれど、僕は衣更より誕生日が早いし、精神的にも明星達よりずっと大人びているつもりだ。

僕は反論してやろうと口を開いたが、それより先に異議を唱えたのは北斗だった。舞台上だというのに眉間にくっきりとしわを寄せた北斗は、僕の肩に回る明星の腕を払い除け、不機嫌そうに言った。


「待て明星。七星が世界一……いや、宇宙一かわいいことは認めよう。だが、七星は“俺だけの”弟であり、“俺だけの”お姫さまだ。いい加減なことを言うのはやめてくれ。」

「うわぁ、どうしよ…!氷鷹くんってば、ライブ開始早々ブラコン全開だっ!大丈夫? ファンの子達、引いてない!?」

「う〜ん……どうだろうな? 一部のファンはむしろ、ものすごく喜んでるみたいだけど…。とりあえず次の曲もそろそろ始まるし、七星、ファンのみんなに一言頼んだ…♪」

「……はあ。紹介してくれるのは嬉しいけど、やるなら最後までちゃんとやってくれないかな? ツッコミが全然足りてないよ、全くもう。」


深い溜息を溢した僕は、顔を上げ、観客席中を見渡した。もちろん、ほとんどが僕の知らない人達だ。逆にこの会場には僕のことをよく知らない観客も多いだろう。
僕はスタートするのがみんなよりも遅かった。練習だってライブ経験だって、みんなに比べたらずっと少ない。…けど、いつまでも遅れをとったままではいられないから。僕は背筋を伸ばし、静かに息を吸い込んだ。

ここから始めるんだ、僕は。アイドルとして、『Trickstar』として、氷鷹七星として、みんなと共に歩いていくって決めたから。


「えー…ご紹介に預かりました、氷鷹七星です。みんな、今日は来てくれてありがとう!『Trickstar』の一人として、今この舞台に立てて、みんなに出会えて本当に幸せだよ。最後まで全力で楽しんでいってね…♪
ーーそれじゃあ、次はこの曲!デュエット曲としてお披露目するのは、今日が初めてかな?」

「ああ。ソロで歌うのも楽しかったが、やはりこの曲は七星と一緒に歌いたい。何度も二人で歌って、踊って、いつかこんな風にステージで披露できる日をずっと夢見てきた、俺たちにとってとても思い入れのある曲だ。」


北斗はフッと笑みを浮かべ、柔らかい眼差しをこちらへ向ける。ああ、そうだ。やっと僕らの夢が叶うんだね。

『講堂』中によく聞き慣れたイントロが流れ出す。『S1』では北斗だけで歌い、【DDD】のこれまでの戦いでは僕だけで歌ってきた曲だ。
でも、もう独りで歌う必要はない。伸ばした手は、二度と離さないとばかりに固く握られているから。例えこの先何があろうと、僕ら双子はずっと一緒だ。



ーーさあ、一緒に響かせよう。

いつまでも忘れないような、
どこまでも届くような、そんな歌声を。

誰もが笑顔になるような、
僕らのアンサンブルを。




グレーテルに迷いはない23




「やあ、お疲れ様。待たせて申し訳ないけど、みんなは帰り支度にもう少し時間がかかりそうなんだ。だから、それまで僕とそこで立ち話でもしていようか。

それにしても、まだ夢でも見ているかのような不思議な気分だよ。僕ら『Trickstar』が、あの『fine』を打ち負かして、夢ノ咲学院の頂点に立ったなんて。ふふ、キミもあまり実感が湧いていなさそうだね?

……でも、本当に幸せな一日だった。このステージをいつまでも続けていたい。この時間が永遠になればいい。
そう願ってしまうくらい、これまで生きてきた人生の中で一番楽しい時間だった。『Trickstar』に戻ってこれてよかったと、心からそう思うよ。


……ああ。うん、そうだね。北斗とも無事に仲直りできてよかったよ。そもそも僕が“もう怒ってない”って、さっさとあいつに伝えてれば済んだ話なんだけど。
いつまでもつまらない意地ばかり張ってしまって……これじゃあ、みんなに子供扱いされるのも仕方ないのかな?


えっ、北斗に送った手紙の内容が知りたい? キミも随分と物好きだね…。まあ、キミにはたくさんお世話になったし、特別に教えてあげてもいいよ。……と言っても、日々樹先輩にも言ったとおり、本当に面白いことは書いてないんだけどね。

ただ、“僕は北斗が選んだ道にとやかく言うつもりはない。けど、もし今もまだ迷っているのなら、どうか僕の手をとってほしい。そしたら、もう二度とおまえを独りぼっちにはさせないから”、と……そんな感じのことを書いたと思う。ふふっ、ちょっとずるい書き方だったかな?
でも、あいつが僕を、『Trickstar』を選んでくれたと知ったとき、正直かなりほっとしたんだよ。裏切り者の僕のことなんて、もうどうでもいいと言われてしまったら、さすがに堪えるからね。

……ん、それは絶対ありえないって? あはは、そうだね。あいつ、『Trickstar』が『fine』に勝ったと理解した途端、僕を抱っこしてくるくる回りだしちゃうくらいだもんね。
ファンの子達も見てるっていうのに、ほんっと僕のこと好き過ぎるんだから。……えっ、両想い? なんのことやら…。

あっ、明星だ。ほら、あそこ……手を振りながらこっちへ走ってきてる。北斗たちも後ろから追いかけてきてるね。ライブ後だっていうのに元気だな、あいつらは。」


僕がくすりと笑うと、あんずちゃんも同じように笑みを零した。光瞬く星空の下、僕らもみんなのもとへと歩き出す。


ーーふと思い出した、僕ら双子が幼い頃、多忙だった両親が僕らを寝かしつけるために偶に読み聞かせてくれた絵本、『ヘンゼルとグレーテル』。
あの頃の僕は、兄妹が悪い魔女を倒して幸せになる、その物語が大好きだった。

ヘンゼルとグレーテルは独りじゃなかった。だから、どんな困難でも乗り越えられたし、最後は『めでたしめでたし』で終わることができた。

でも、もしも二人が森の中ではぐれてしまっていたら? グレーテルがヘンゼルを見捨てて、一人お菓子の家から逃げてしまっていたら?



ーーそんなことにはならないよ。

僕はふっと口元を緩め、自問自答する。だって、ずっと手を握っていれば二人がはぐれることはないし、二人一緒なら暗い森も怖い魔女だって怖くない。


この物語は、誰がどう見たってハッピーエンドなんだから。


「すまない。待たせた。」

「遅いよ、もう。」


手を差し出せば、その手は北斗のひんやりとした手に握られた。ほら、もう何も怖くない。一片の雲も見えない満天の星空の下を、僕らは一緒に歩き出した。


prevnext
back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -