22


「さぁて。泣いても笑っても、これで最後だ。行こう、舞台へ。」

 
『Ra*bits』を打ち破り、決勝へと勝ち進んだ『Trickstar』は、ついに生徒会長率いる『fine』と対決する。
明星の言うとおり、これが本当に最後の戦いだ。この戦いで勝った『ユニット』が【DDD】を制す。

僕はごくりと固唾を呑み込んだ。今までで一番緊張している。踊り狂った心臓が、口から飛び出してしまいそうだ。けれど、緊張こそしているものの、そこに後ろ向きな感情は一切ない。
どんな結果になろうと後悔しないように、自分の持てる力を出し切るだけだ。僕は襟を正し、深く息を吐き出した。よし、いこう。

どうやら、あんずちゃんはこのまま最前列の関係者席に残るらしい。頑張ってね、と拳を握りしめながら言うあんずちゃんに、僕らは大きく頷いた。
裏から回るのも面倒だから、と客席からステージに飛び乗った明星のあとに僕らも続く。無鉄砲にも思える行動だけど、派手な登場は演出的に上等だろう。それに、前のめりで飛び込んでいく方が『Trickstar』らしいしね。


ステージに上がれば、『fine』のメンバーが悠然とした様子で僕らを出迎える。けれど、朔間先輩の息のかかった『ユニット』たちを相手にし、つい先程までも『UNDEAD』と延長戦になるまで戦っていたためか、その顔は憔悴しているようだった。
しかし、さすが『皇帝』と言うべきか、天祥院先輩は自信に満ちた笑みを崩さず、僕らの登場を歓迎した。


「ようこそ、『Trickstar』。全く、君たちはせっかちだね。そんな大急ぎでこなくてもいいのに、こっちは休む暇もないよ。それとも、それが狙いなのかな?」

「天祥院先輩。」

「やあ、七星。会うのは『S1』の日ぶりかな。そのユニット衣装、よく似合っているよ。迷い子だった君も、ようやく己の進むべき道を見つけられたようだね。
でも、残念だ。その先に輝かしい未来が待っていることはない。後から悔やんだって、もう道を引き返すことはできないよ。」

「……引き返したりなんてしませんよ。進む先でどんなに辛く苦しい選択を迫られようと、僕は仲間たちと一緒に前へ踏み出すだけです。」

「そう、意志は固いようだね。本当に残念だよ、七星。僕は君のこともそれなりに評価していたんだけれど。僕の信頼を裏切り、自ら茨の道を選ぶなんて……似ていないようで、やっぱり君たちは双子なんだね。」


そう言って、天祥院先輩はくすりと笑みを溢す。一体どういう意味かと尋ねようとしたそのとき、僕の隣りにいた明星が呆けた顔で呟いた。


「北斗…?」

「っ!」


彼の視線の先を辿れば、舞台袖から出てきた男とばっちり目が合う。……なーんだ、結局おまえも“こっち”を選んだの。
青を基調とした『Trickstar』のユニット衣装を憎たらしいほどかっこよく着こなした北斗を見て、僕は誰にも気づかれないように安堵の息を洩らした。ほんとに世話の焼ける奴だな、僕もおまえも。

しっかり決意を固めてきたのか、北斗は頭を下げ、僕らに懇願した。自分もこの場に『Trickstar』として立たせてほしいと。僕と同じ、明るい夜空のような色の瞳をキュッと細め、泣きそうな顔で北斗は言った。


「ずっと欲しかったものを、俺はこの夢ノ咲学院で既に手に入れていたのに…、危うくそれを手放すところだった。
おばあちゃんと、七星からの手紙を読んで……馬鹿な俺はようやくそれを理解したんだ。」

「おぉ、あの手紙ですね!さすがに失礼だと思って、文面は確認しなかったんですが、あの手紙には一体なんて書いてあったんです? 特に七星くんからの手紙はとても興味がありますねぇ…☆ 」

「別に日々樹先輩が興味を持つほど、おもしろいことは書いてませんけど。」


手紙と聞いてうきうきしている日々樹先輩に、そう冷たく言い放つ。……僕はただ、おばあちゃんに言われたとおり、素直な思いをそのまま書いただけだ。
つん、とそっぽを向いた僕を愛おしげに見つめた北斗は、やがてぽつりぽつりと手紙の内容を口にし始めた。


「……おばあちゃんからの手紙は、些細な、どこの家庭にもありふれた祖母から孫へのメッセージだった。
苦しいなら頑張らなくてもいいと。誰かの言いなりになる必要はない、俺がしたいことをするべきだと。その結果がどうであれ、おばあちゃんは俺の味方だと、そう書いてあった。

七星からの手紙は……、話したら一生口を利いてもらえなそうだから、言わないが。その手紙だけで、俺はあんなに苦悩して出した答えをあっさりと切り捨ててしまった。

おばあちゃんが味方なら、両親も生徒会長も怖くない。七星が一緒なら、胸を張って戦える。

生きていける、俺自身の人生を。」


晴れやかな表情で、北斗は言う。
そこにはもう迷いはなかった。




グレーテルに迷いはない22




「遅いぞ、こんにゃろっ☆」と明星が北斗の顔をグーで殴り、それを見た遊木が悲鳴を上げる。
しかし、北斗は殴られた衝撃で頭のネジが数本外れてしまったのか。「ふふふ、もっと殴れ明星!」となぜか嬉しそうに、明星の拳を待ち構えている。…全く、これからライブだというのに何をやっているんだが。

僕は深い溜息をつき、床に座り込んでいる北斗のもとへ歩み寄る。そして、少し前屈みになりながら手を差しだせば、北斗は目をぱちくりさせて間抜け面で僕を見上げた。


「ほら、さっさと立ちなよ。観客が首を長くして僕らのステージを待ってくれてるんだから。」

「……ああ。そうだ、な。」

「なんだよ、その腑抜けた顔は。」

「いや…、なんというか、俺が手を差し伸べられる側というのは、どうも違和感があってな。」

「ふんっ、少し目を離せば、おまえはまた迷子になってしまうかもしれないからね。仕方ないから、これからは僕が手を引きながら歩いてあげるよ。」

「ああ、ありがとう。七星と一緒なら、例え道に迷ってしまっても、遠回りになったとしても俺は幸せだ。」


北斗のひんやりとした手が、僕の手の上に重ねられる。離れていた期間はそこまで長くないのに、その体温が、手の形が、酷く懐かしく感じるのはなぜだろう。

手を繋いだまま前へ向き直れば、そこには明星たちが穏やかな笑みを浮かべていた。
やっと全員揃ったな、と衣更が言う。そういえば、『Trickstar』のメンバー全員で行うライブはこれが初めてか。
揃っての練習はろくにできていないというのに不安感はそれほどなかった。だって、隣りには片割れがいる。ステージ上には頼もしい仲間たちがいてくれる。


もう僕らは独りぼっちでも、ふたりぼっちでもないんだから。



スポットライトが五人を照らす。湧き上がる歓声に応えるように、満面の笑みを浮べながら、僕らは始まりの曲を歌いだした。


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