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「あ、きたきた!お〜い、ナッセ〜遅いぞっ!」

「はあ、はあ……うるさいなぁ、これでも全力で走ってきたんだよ…。
っていうか、準決勝の舞台が『講堂』だなんて聞いてないんだけど…!『講堂』でライブするのは決勝戦だけじゃなかったの!?」

「そうそう。僕たちも佐賀美先生から通達がきて、初めてそのことを知ったんだよね〜。 校内ネットにもどこにもそんな情報載ってなかったし。」

「まっ、おまえが準決勝に間に合って良かったよ。さすがにここまできて遅刻は格好悪いからな〜? ほら、とりあえず水飲めよ。」

「ああ、うん……ありがとう…。」


衣更から空いていないペットボトルの水を貰った僕は、ぐいっと一気に呷って喉を潤す。その間に、あんずちゃんが少し乱れてしまった僕の衣裳を、綺麗に直してくれた。

北斗宛の手紙を書き終えた後、遊木から準決勝は『講堂』でするらしいと連絡を受けた僕は、気球でお送りしましょうか?という日々樹先輩の申し出を丁重に断り、全力疾走で『講堂』へと向かった。そして、到着したのは準決勝が始まる僅か数分前のこと。
間に合って本当によかった、と僕は深く息を吐きだす。おばあちゃんは帰ってしまったけれど、家で応援してると言ってもらえたし、僕はこれから始まる準決勝に集中しないとね。


「あっ、やっぱり!『S1』で隣りの席だったに〜ちゃんだぜ!」

「……うん? そういうキミは、観客席でポップコーンを食べてた元気っ子だね。」

「えへん!おれは『Ra*bits』の誇るスーパースター!天満光だぜっ!よろしくだぜ!」


ふいに声をかけられ振り返れば、『S1』の観客席で隣りに座っていた少年達が、ユニット衣装を着てそこに立っていた。どうやら、この子達が僕らの準決勝の相手である『Ra*bits』らしい。
「先輩には敬語使えよ、光!」とまじめそうな子が注意しているから、一年生なのだろう。少し緊張気味になりながら、挨拶してくる姿が何とも初々しい。
僕はにっこりと笑い、落ち着いた声色を意識しながら口を開いた。


「僕は『Trickstar』の氷鷹七星だよ。準決勝前なのに慌ただしくしてしまってすまないね。今日はよろしく。お互い素晴らしいライブにしよう。」

「は、はい…!俺は真白友也です。こちらこそ、よろしくお願いします!氷鷹先輩!」

「僕は紫之創っていいます。えへへ、氷鷹先輩って、すごく美人だし大人っぽくて素敵な方ですね。僕、とっても憧れちゃいます♪」
 
「あはは…☆ こいつのことはナッセ〜って呼んでいいよ!今は妙に大人ぶってるけど、ナッセ〜は『Trickstar』の末っ子みたいなもんだからさっ!もっと気軽に接してあげてよ♪」

「む、末っ子って…。僕、少なくとも明星よりは大人びてると思うけど。それに誕生日で言ったら、衣更の方が僕より若いだろ…! 」

「う〜ん。確かに七星はスバルより常識的だし、落ち着きあるけど…。スバルの言うとおり、なんでだか弟みたいに構ってやりたくなるんだよなぁ。」

「うんうん! 僕も七星くんは弟系キャラだな〜ってずっと思ってたんだっ♪ ほら、転校生ちゃんも頷いてるよ!」

「ええっ、そんな、あんずちゃんまで…!?………もう。僕には北斗だっているんだし、お兄ちゃんはそんなにたくさんいらないよっ!」


兄気取りで頭を撫でようとしてくる四人を手で払い除け、僕は「全く…」と溜息をこぼした。そんなに僕って子供っぽいんだろうか。結構ショックだ。
これでも大人びた振る舞いを心掛けているつもりなんだけどなぁと真剣に悩んでいると、先程、真白友也と名乗った少年が少し興奮した様子で、頬を赤らめながら話しかけてきた。


「あの!氷鷹先輩って、ひょっとして北斗先輩の、」

「おいっ!おまえら、何やってんだ。もう準決勝が始まるぞっ!」


ウサギみたいに小さくて可愛い子(後に遊木から先輩だと教えてもらった)が、ぷんぷんっと怒りながら僕らの会話を中断させる。
すると、司会者が舞台に躍り出たのか、観客席の方から大きな歓声が沸き起こった。……ああ、ついに【DDD】の準決勝が始まるんだ。僕はぎゅっと拳を握りしめる。

ここに来る途中、観客席の様子をチラ見してきたけれど、本当にたくさんのお客さん達がこの準決勝を観るために、『講堂』へと集まってくれていた。
これから僕らは、あの大勢の人達の前でライブをするんだ。ドキドキと鼓動が高鳴りだす。これほど大きな舞台でライブをするのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。うまくやれるだろうか…、隣りに北斗はいないのに。

……いや、絶対に成功させるんだ!僕は胸のうちに渦巻く不安を吹き飛ばすように、首を大きく横に振った。
これまで力を貸してくれた人達や、『Trickstar』を応援してくれているファンの人達のためにも、僕らは何としてでもこの【DDD】を制覇しなくてはならない。こんなところで負けてなんかいられないんだ…!


「七星。」


緊張で僅かに震える僕の肩に、突然重みがかかった。顔を上げれば、すぐ横に衣更の顔があって、僕は肩に腕を回してきたのが彼であることを知る。衣更はやれやれといった様子で口を開いた。


「おいおい、そんな怖い顔してたらファンが逃げてくぞ〜? おまえはその甘いマスクが売りなんだからさ。」

「あはは。むしろ、七星くんなら新しいファン層を獲得しちゃいそうだけどねっ♪ でも、僕が言うのもあれだけど、もっとリラックスしていこうよ! 受け売りだけど、こういうのは楽しんだもん勝ちだからねっ!」

「そうそう☆ウッキ〜の言うとおり!難しいことなんて考えず、今は目の前のライブを全力で楽しもうよ♪」


「ほらっ!行こう!」と明星が僕の手をぐいっと引っ張る。僕はよろけながらも、彼に引かれるがままステージへと足を踏み出した。

スポットライトを浴びた僕らに、わあっと歓声が湧き上がる。舞台上から見える景色は、下から見るのとではまるで違った。揺れるペンライトはキラキラと輝き、まるでミルキーウェイのように美しい。

ああ、僕は今からこんな大きなステージで歌うことができるんだ…! 緊張と期待で胸が膨らむ。
そうだ。明星達の言うとおり、せっかくのライブなのだから、全力で楽しまなくっちゃ勿体無いだろう。僕は満面の笑みを浮かべ、明星達と同じように手を大きく振った。



グレーテルに迷いはない21



さあ、時間だ。みんなが幸せいっぱいになれるような、最高のライブにしよう。


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