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「おばあちゃん…? えっ、なんでここに…。しかも、日々樹先輩と一緒にいるんだ!?」
「おやおや〜、七星くんじゃないですか!こんなところで会うなんて奇遇ですねっ♪」
愕然とする僕を前に、日々樹先輩は片手をヒラヒラさせながら、もう片方の手で紅茶を啜った。いやいや、先輩はなんでそんな優雅にお茶してるんですか、僕のおばあちゃんと!
トイレを済ませ、明星達のもとへ戻る途中。ガーデンテラスの前を通った僕は、そこで仲良さげにお茶をするよく見知った二人の姿を捉え、自分の目を疑った。
とりあえず明星達には、暫く戻れないことをメールで伝えて、二人と同じテーブルの席に腰掛ける。これは由々しき事態だ。一体どういった経緯でこうなったのか、きちんと説明してもらわなくては。
グレーテルに迷いはない20日々樹先輩曰く、二人は元より俳諧の教室で顔見知りだったらしい。そして、【DDD】の最中は常に爆音が鳴り響いているためか、グッタリしていたおばあちゃんを偶然見つけた日々樹先輩が、静かに休めるガーデンテラスへと案内してくれて、今に至るようだ。
日々樹先輩がおばあちゃんを拉致した、とかじゃなくて本当に良かった…。僕は先輩に勘違いしてしまったお詫びと感謝の言葉を伝えた。
先程の『Trickstar』のステージも観てくれていたというおばあちゃんは、「七星が誰よりも一番輝いていた」「本当にかっこよかった」と手放しで褒めてくれて、僕は照れくさそうに頬を掻いた。
身内に見られるというのは気恥ずかしいけれど、でもやっぱり嬉しい。彼女は僕らの成長をずっと傍で見守り続けてくれた人だから、その賞賛は他のものより特別に感じられた。
(でも、それならやっぱり……北斗も一緒のステージを、おばあちゃんに見せたかったなぁ…。)
“大きくなったら僕ら二人でアイドルになるんだ”、“二人一緒ならパパだって超えるくらいすごいアイドルになれるんだ”。
僕らがまだ純真無垢だった頃、北斗と二人で思い描いた夢物語を、おばあちゃんはいつだって真剣に、嬉しそうに聞いてくれた。一番のファンになる、とも言ってくれた。
北斗も僕も、もう夢を見るだけの幼子じゃない。嘗て思い描いた夢物語を現実にする力だって、僕らにはもう十分にあるんだから。
今度は北斗を含めた『Trickstar』で、おばあちゃんを喜ばせてやりたい、と僕はそう思った。
ふとテーブルの上に置かれた淡い水色の封筒が目に入る。それは何かと尋ねれば、「ラブレターですよ」と日々樹先輩は愉しそうに言った。
「ラブレター?」
「はい♪ 七星くんも書きますか?ラブレター!!SNSが主流な現代だからこそ、新鮮な手書きの文章は相手の心に響きますよ!ああ、ペンと便箋ならここにたくさんありますから、心配ご無用です…☆ さぁ、どうぞっ!」
「うわっ!そんな大量のペンと便箋、一体どこから…。というか、いりませんよ。ラブレターなんて書く相手いないし。」
「まあまあ、そう仰らず♪ 祖母殿からだけでなく、愛しの姫君からもラブレターが届いたら、北斗くん嬉しすぎて昇天しちゃうかもしれませんよ!Amazing…☆」
「……北斗?」
日々樹先輩の話しぶりからして、このラブレターはおばあちゃんから北斗宛てに、ということで間違いないだろう。しかし、なぜわざわざ手紙を…?
話そうと思えば、家でいくらでも話せるというのに。
(……いや、最近のあいつは家にいないことが多いし、帰ってきてもすぐ自室に引き篭もっていた。もしかしたら、あいつは『fine』に加入してから、おばあちゃんとすらまともに会話していなかったのかもしれないな。)
誰にも頼らず、弱音も吐かず、ずっと独りで背負い込んで、あいつは一体どこまで行くつもりなんだろう。その道は、本当に自分が進みたかった道なんだろうか。
……いや、少し前の僕も似たような状況だったから、あいつの気持ちが全くわからないわけじゃないけど。
どれが正しい道かなんて誰にもわからない。もう迷わないなんて自信もない。
それでも、分厚い雲で覆われて星一つ見えない夜の森でも、仲間と一緒ならきっと怖くない。それが例え遠回りだとしても、みんなと支え合って、笑い合って、楽しい思い出をたくさん作りながら進んでいきたいと思うから。
僕は日々樹先輩が大量に出したペンと便箋の中から、一本と一枚を選び、テーブルの上に置いた。あいつに手紙を書くなんて何年ぶりだろう。
何を書いたらいいかと悩む僕に、変に考えず素直な思いをそのまま書きなさいとおばあちゃんは微笑んだ。おばあちゃんが言うなら、それが一番良いのだろう。
(素直な思い、か。)
「あはは…。でも、七星くんが『戻ってきて』ってお願いしたら、氷鷹くんならすぐに戻ってきてくれそうな気もするけど。」遊木との会話がふと脳裏を過る。僕は一字一句に思いを込めながら、北斗への手紙をしたためた。
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