19


明星達と出会う前までの僕らは、いつも二人ぼっちだった。


父親は社会現象すら巻き起こした超一流のアイドル、母親も数々の賞を総なめにしてきた大女優。そんな二人が家に帰ってくることなんて滅多になくて…。
芸能界のサラブレッドとして周りから奇異の目で見られ、なかなか他人に心を開けなかった僕は、寂しさからいつも蹲って泣いてばかりいた。

そんな僕の手を引っ張り、立ち上がらせてくれるのは双子の兄である北斗の役目だった。あれでも幼い頃は活発に遊ぶ子どもだった北斗は、僕をいろいろな場所へと連れ出してくれた。

二人で外を駆け回り、くだらない遊びをして、八つ時には家に帰り、おばあちゃんから貰った和菓子を食べながら、馬鹿な話をして大笑いする。そんな普通の子どもみたいな頃が、僕らにもあったんだ。

北斗がずっと手を握ってくれていたから、僕は寂しさに耐えることができたし、両親になかなか会えなくても自分は幸せ者なのだと信じることができた。北斗が一緒なら、怖いものなんて何もなかった。



変わってしまったのはいつからだろう。かつては無邪気で子どもらしい子どもだった北斗が、気づけばロボットのようにあまり笑わない子どもになっていた。

両親も周りの者も、誰もが僕らが“立派な芸能人”になるものだと信じて疑わない。僕らは芸能人としての英才教育を受け、規定され、舗装された道を一直線に進んでいくだけだった。
両親と同じような存在になれば、きっと会って褒めて頭を撫でてくれる。北斗はそう信じて、どんな教育にも文句を言わずに取り組んでいた。
だから、僕も北斗と同じように、“優秀なアイドル”というプログラムを頭に刻み込んだ。北斗にすっかり依存していた僕は、彼と違う道に進むという選択肢を考えようともしなかった。

二人でなら迷うはずがない。道は聡明な兄が知っているから安心だと、僕は何も考えず、ただ彼に手を引かれるままに歩き続けた。



ーーそんな僕らの道行きでひょっこりと、偶然のように現れたのが明星達だった。彼らとの日々は、僕らの規定された人生の中ではただの無意味な遠回りのはずなのに、馬鹿みたいに騒ぐ毎日が楽しくて、とても幸せで…。
ふと隣りに目を向ければ、他人に心を開かず、無表情であることの多かった北斗が自然な笑みを浮かべていた。僕はそれがまるでむかしに戻ったみたいで嬉しくて、北斗にも気の置けない仲間ができたことに内心とてもほっとしていた。

北斗にとっても、僕にとっても、明星達との出会いは奇跡で、『Trickstar』は宝物だった。何よりも大事で、僕らがずっと欲しかったものだった。……それを自ら手放してしまうなんて本当に大馬鹿者だね、僕らは。



明星と遊木が遅れてやってきて、衣更が「遅いぞ」って文句を言う。次々とメンバーが揃いだし、再び輝きを取り戻しつつある『Trickstar』を見て、観客がどんどん集まってくる。
ああ、楽しい。こんな満たされるライブは久しぶりだ。僕一人じゃできない、仲間とだから奏でられるアンサンブルは、観客に笑顔を、夢や希望を与えていく。

そうだよ。これが僕がずっと求めていたもの、なりたかった自分の姿だ。
同じステージには、明星、遊木、衣更がいる。舞台袖ではあんずちゃんが力いっぱい応援してくれている。……あとはおまえがここにいれば、完璧なんだから。


早く帰っておいで、北斗。みんな、おまえが来るのを待っているんだよ。



グレーテルに迷いはない19



「ぶっはぁ、ようやく一息できる!怒濤のような連戦だったな…!」

「お疲れ、サリ〜♪ ナッセ〜とウッキ〜と転校生も!」

「うん、明星もお疲れ様。」


お祭りのように出店が立ち並ぶグラウンドの一角で休息をとることにした僕らは、互いに労いの言葉をかけあった。まだ気は抜けないけれど、なんとか嵐は乗り越えた、という感じだ。

緒戦の『Knights』とは僅差でかなりヒヤヒヤさせられたが、続く二回戦、三回戦、四回戦はどの『ユニット』にも大差をつけて勝利することができた。
強豪と言われる『Knights』に比べれば、あとはどこも大したことのない『ユニット』ばかりだったが、それでも僕と明星だけでは勝てなかっただろう。戻ってきてくれた遊木と衣更、そして友人や弟を連れてきてくれたあんずちゃんには心から感謝しなければ。

お腹が空き過ぎて、お腹と背中がくっつくどころか突き破りそう!と独特な表現をする遊木に、ちょっと言ってる意味が理解できないけど気持ちはわかるよ、と僕は大きく頷いた。
今日はたくさん歌って踊って、舞台以外でもファンの子達にファンサして、もしかしたら一年で一番体力を使った日かもしれない。とにかくお腹がペコペコだった。

遊木と並んで、あんずちゃんが買ってきてくれたフランクフルトを齧り付いていると、あんまりガツガツ食べるなよ?と衣更は苦笑を浮かべた。それを見て、明星がきゃらきゃらと笑い出す。


「でも、こうやってみんなで『お疲れさま』って言い合って、一緒にご飯食べれるのが夢みたいだよ、すっごく嬉しい☆……ここにホッケ〜も居てくれたら最高だったんだけど。」

「まあ、そうだけどな。あいつも苦しい立場なんだろうよ、察してやれよ。……少なとくとも俺は同情するね〜。【DDD】に参加しない『紅月』と違って、『fine』に取り込まれた北斗は、ちょっとやそっとじゃ戻ってこれないだろうし。」

「…………。」

「そういえば、七星くんは氷鷹くんと家で何か話したりしてないの?」


ふと遊木が僕に尋ねる。四人分の視線を集めた僕は、いいや、と首を横に振った。
あの雷雨の日、僕が電話ごしで『Trickstar』に戻ったことを打ち明けてから、あいつとはまともに会話をしていなかった。どうやら避けられているらしい。僕は溜息混じりにそう彼らに話した。


「あいつ、fineの人達と練習してるのか、殆ど家に居ないんだ。夜遅くに帰ってきたと思ったら、すぐ自室に引き篭もっちゃうし。ムカつくよね。前は穴があくってくらい視線寄越してきたくせにさ〜?」

「あはは…。でも、七星くんが『戻ってきて』ってお願いしたら、氷鷹くんならすぐに吹っ飛んできてくれそうな気もするけど。」

「はあ…?」
   
「いやいや。いくらブラコンの北斗でも、さすがにそれはな……………くもないか?」

「え、」

「よーし、そうと決まれば!ナッセ〜の上目遣い+あまえ声でホッケ〜を落とせ…☆」

「んなっ、やだよ!なんで僕がそんなこと…! ちょっと、あんずちゃんも目を輝かせないで!? 僕は絶対にやらないからねっ!!」


僕の悲鳴に近い叫び声は、祭りを楽しむ人々の喧騒によってかき消されてしまった。


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