05


「えっ、七星くんこれから補習なん!?」

「うん…。」

「補習って、確かテストで30点以下の生徒が対象よねェ…?今回のテストは結構易しめだったと思うけど。」

「せや!今回は俺でも赤点回避できたんよ…♪ギリギリやったけど。」

「……椚先生に、赤点は僕を含めて学年で2人だけだと言われたよ。」

「あらァ…。」

「七星くんってめっちゃ賢そうなオーラ出てるんに、勉強苦手なんほんまに意外やわぁ。」

「あはは…、人は見かけで判断するものじゃないよ?」


じゃあ、そういうわけだから、と通学鞄を片手に立ち上がれば、みかと嵐は頑張って〜と手をヒラヒラさせて七星を見送った。この後、彼らは駅前に新しくできたというファンシーショップに寄り道して帰るらしい。
補習さえなければ、自分も一緒に行けたのに。七星は深い溜め息をこぼして、レッスンや部活へ向かう生徒達で忙しない廊下を独り歩き出した。

七星は昔から勉強が不得意だった。今回のように赤点を採って補習になるのも珍しいことじゃない。双子の片割れが根気よく受験勉強に付き合ってくれていなかったら、きっと夢ノ咲学院に入学することもできなかっただろう。


補習を行う予定の教室に着くと、そこにはよく見慣れた明るい髪色の男子生徒が頬杖をつき、教卓前の席に座っていた。メガネのレンズ越しに目が合えば、その綺麗な緑色の瞳が大きく見開かれる。


「!あれっ、七星くんだ。えっと…ここに来たってことは、七星くんも補習なの?」

「………まあ。」

「そうなんだっ、よかった〜。さすがに僕一人だけだったらどうしようかと思ったよ!みんな、今回のテストは簡単だったって言うけど、全然そんなことなかったよね?」


ヘラリと笑う真に、そうだねと七星は素っ気なく返す。どうやら椚先生が話していた、赤点を採ったもう一人の生徒とは彼のことだったらしい。 
ーー遊木真。彼は一年次の七星のクラスメイトであり、『Trickstar』に所属する元チームメイトでもあった。よりにもよって彼と二人で補習だなんて。

真が座る席から二つ程離れた場所に腰掛けた七星は、気まずさを紛らわせるために鞄から取り出した参考書をペラペラと捲る。早く先生来てくれないかな、と切実に願いながら。参考書の内容はもちろん何一つ頭に入ってこなかった。




グレーテルに迷いはない05




「では、補習はここまでにします。今から配布するプリントは宿題です。空欄を全て埋めて、明日中に提出すること。わかりましたね?」


教壇から下りた椚先生は、そう言って七星達にプリントを手渡した。ぱっと見る感じ問題量はそれほど多くないようだし、図書室で居残って終わらせてしまうのもアリかもしれない。
プリントを鞄に仕舞いながら考えていると、帰りの支度を終えた真がぱっと七星の方へと振り向いた。


「七星くん!よかったら、途中まで僕と一緒に帰らない? 今日は珍しくレッスンも部活もない日なんだ♪」

「……悪いけど、僕は図書室でこの宿題を終わらせていくつもりだから。」

「あっ、じゃあ、僕もそうするよ!二人でやった方が早く終わるかもしれないし、それに」

「遊木。」


声を低めて、名前を呼ぶ。その声は氷のように冷やかで、真は続けようとしていた言葉をぐっと飲み込んだ。長い前髪の間から覗く青い瞳が、まっすぐ真を見据えている。ふっと口角を上げた七星は、自嘲するように言った。


「そんな無理に僕と関わろうとしなくていいんだよ。僕はもう『Trickstar』のメンバーではないし、誰に何を言われようと戻るつもりはないからね。」

「ちがっ、僕は別に無理なんて…!」

「気遣いも無用だよ。相談もなしに勝手に辞めていった奴のことなんて、さっさと忘れてしまえ。……じゃあね。」


それだけ言うと七星は真に背を向け、さっさと教室を出て行ってしまう。夕日に染まった教室で、いつの間にか独りぼっちになってしまっていた真は、くしゃりと顔を歪めて俯いた。


「ユニットを辞めてしまっても、僕たちは友達でしょ…? 僕は前みたいに七星くんと笑い合いたいだけなのに…。」


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