16


「ほら、おまえが好きな黒糖入りホットミルク。熱いからフーフーして飲めよ?」

「……ありがとう、衣更。」

「どういたしまして。……それにしても、雨の中道端で蹲ってるおまえを見つけたときは、本当にビックリしたよ。今にも死にそうな顔してんだもんな〜。」
 

先程自分が貸した少し大きめのジャージに身を包み、マグカップにフーフーと息を吹きかける七星を見て、衣更は苦笑を浮かべた。

生徒会の仕事で帰りが遅くなった衣更は、下校中にびしょ濡れで蹲る七星を発見し、狼狽しつつもそこから近い自分の家へと連れ帰った。
そして、とにかく冷えた身体を温めようと七星を風呂に入れ、その間に自分は部屋に暖房をつけたり、濡れた服を洗濯したり、着替えを用意したりと忙しなく動き回った。おかげで彼はまだ制服姿のままである。

激しかった雨も雷も、七星が風呂に入っている間にすっかり治まったようだ。閉められたカーテンを少し開け、真っ暗な外を眺めながら衣更は口を開いた。


「雷雨は治まったみたいだけど…。もう夜遅いし、制服はまだ乾いてないみたいだし、今日はこのまま俺の家に泊まってけよ。 」

「………うん。ありがとう。そうさせてもらう。」

「ははっ…。最近のおまえ、俺らに対してずっとツンツンしてたから、こうもしおらしいと何か違和感あるな〜? 無断外泊は心配されるだろうし、ちゃんと家に連絡入れとけよ?」

「む、わかってるよ…。」


七星はフンッとそっぽを向き、通学鞄からスマートフォンを取り出した。チカチカと点滅するランプは、不在着信を知らせるものだ。恐らく兄からだろうな、と見当を付け、手なれた操作で通知を確認する。そして、「ひっ」と七星は短い悲鳴を上げ、スマートフォンをカーペットに落とした。


「どうした?スマホ落としたぞ。……って、うわ!なんだその着信履歴数…!え、まさか……それ全部北斗からか?」

「………やばいかな?」

「っ、やばいだろ!今すぐかけ直せ!」


着信は予想通り、北斗からのものだった。しかし、画面に表示されたとんでもない件数のメールと電話の通知を目にし、二人の顔は一瞬で青褪める。もしかしなくてもかなり心配されてそうだ。
そして、険しい表情の衣更に急かされ、七星は戸惑いながらも電話をかけ直す。電話はたった2コール目で繋がった。


「もしも、『七星無事かっ!?』……っ、ちょっと北斗声大きい。鼓膜が敗れるかと思ったよ。」

『ああ、すまない。つい七星のことが心配で…。だが、思いの外元気そうな声が聞けて安心した。…今どこだ?もう家に帰っているのか?』

「いや……今は衣更の家にいる。」

『衣更の?』

「そう。……まあ、いろいろあってね。今夜は衣更の家に泊まらせてもらうことになったんだ。」

『そうだったのか。』

「うん。…その、連絡が遅くなってごめん。あと、心配してくれて……ありがとう。」

『っ、』


ヒュッと息を呑み込む音と共に、車が駆け抜けていく音が受話器の向こうから聞こえてくる。今、北斗は外にいるのだ。先程まで雷雨が酷かったというのに。きっと七星のことを心配して、今の今まで捜し回ってくれていたのだろう。大切にされているのだ、ものすごく。

ーー“あのとき”だってそう。北斗は七星のことを本当に大切に想ってくれていた。守ってやらねばと必死だった。だからこそ、あの教師の言葉に翻弄されてしまったのだ。
……そんなこと、誰に言われなくともわかってる。だって、自分たちは双子だ。互いを想い合い、ずっとずっと一緒に生きてきた。唯一無二の存在なのだから。


「例えこの先、傷つき、疲れ果て、夢も希望もなくなってしまったとしても、俺たち二人ならきっと乗り越えられる。俺たちなら父さんのようなスーパーアイドルにだってなれるはずだ。」



(そうだね。おまえと一緒なら……いや、『Trickstar』のみんなとなら、僕はもっと輝く輝石になれる。あの日観た奇跡を信じることができる。だから、)


「ねえ。キミたちに聞いてほしいことがあるんだ。」




グレーテルに迷いはない16




「僕ね、『Trickstar』に戻ったんだよ。…勝手にいなくなったくせに今更なんだって思うかもしれないけど、」

「でも、みんながずっと守り続けてくれた居場所を……あの日、観客に夢と希望を与えてくれた『Trickstar』を、今度は僕が守りたい。そして、いつかまた北斗たちと一緒に舞台に立ちたい。それが今の僕の夢なんだ。」

「だから、」



「迷いはないよ。」


prevnext
back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -