13


「双子のお兄さんとは違い、君ははじめから本気でアイドルを目指そうとしていなかった。だから、『Trickstar』を辞めることにもそれほど抵抗がなかった。そうだろう?」

「……違う!僕は本気でアイドルを“目指していた”。だって北斗が言ったんだ、一緒にアイドルになろうって…!」


北斗がやるなら僕もやる。北斗がアイドルを目指すなら、僕もアイドルを目指す。今までそうやって生きてきた。僕らは双子だから。それが当たり前だと思っていた。
そりゃ父親は現役のトップアイドルなわけだし、アイドルへの憧れはもちろんあった。けど、僕は別にアイドルじゃなくても良かったんだ。北斗と一緒なら、なんだって。

そのために僕は歌もダンスも、苦手な勉強だって人一倍頑張った。そして、この夢ノ咲学院に入学したんだ。それが僕にとって正しい道だと信じていたから。僕は本気でアイドルになるつもりでいた。


でも、あの日北斗に失望した僕は『Trickstar』から脱退することを決意した。天祥院先輩の言うとおり、決断は早かったと思う。
僕を仲間として認めてくれた明星たちに申し訳無さはあったけれど……それ以上に北斗に裏切られたショックが大きくて。しんどくて。このまま北斗と同じユニットに所属し続けるのは無理だろうと判断したんだ。

でも、辞めてから気づいた。北斗と疎遠になった今、果たしてアイドルを目指す理由が僕にあるんだろうかと。


「もし道に迷っているのなら、踵を返してみるといい。道標となるパンの欠片が、まだどこかに落ちているかもしれないよ。」




グレーテルに迷いはない13




「は、電撃移籍…?」


朝一番に知らされたニュースに、頭を殴られたような衝撃を受ける。自分の通学鞄が地面に落ちたことも厭わず、僕は一緒に登校していた友人に恐ろしい剣幕で詰め寄った。


「生徒会長に勧誘されたらしいって…。そんなことで、あいつらが……『Trickstar』が解散するわけないだろ!……まさか、先日の『B1』で『fine』のライブを観て、怖気づいたっていうのか!?」

「ちょ、ちょっと……七星ちゃん落ち着いて?」


なるちゃんの焦った声に、ハッと我に返った僕は「ごめん…」と謝り、彼から離れる。すると、なるちゃんは僕の通学鞄を拾いながら「七星ちゃんが取り乱す気持ちもわからなくはないのよォ」と苦笑を浮かべた。


「でも、ほら。案外、彼らも賢明な判断をしたと思わない? 将来のことを考えれば、生徒会長の味方になっておくのも悪くない話だし。」

「……っ、そうかもしれないけど、だって、そんなの悔しいじゃないか…。」


ギュッと拳を握りしめる。確かになるちゃんの言うとおりかもしれない。『fine』も『Knights』も『紅月』も夢ノ咲学院ではトップクラスのユニットだし、将来のことを考えたらそこに所属した方が有益だろう。…けど、それでもやっぱり納得がいかないよ。

『S1』ではあんなにキラキラ輝いていた彼らが、この学院に奇跡を起こしてくれた『Trickstar』が、こんな呆気なく解散してしまうなんて。
やるせない思いが重く胸にのしかかる。なるちゃんから通学鞄を受け取った僕は、彼にこのまま授業をサボることを伝えた。





「泣くな、七星。他人の悪意にいちいち傷ついてどうする。耳を貸すな。何を言われても無関心を貫け。それができないのなら、もう他人と関わろうとするな。」

「っでも、だって……僕もみんなと仲良くなりたい…。」

「仲良くしてどうする。アイドルに友達は不要だ。俺たちの父さんは孤独なまま頂点に立ったスーパーアイドルだろう。それは俺たちだって同じだ。」

「………。」

「だが、幸運にも俺たちは双子で産まれてきた。きっと寂しがりやで泣き虫な七星のために、おまえを守る存在として俺は産まれてきたんだろうな。
例えこの先、傷つき、疲れ果て、夢も希望もなくなってしまったとしても、俺たち二人ならきっと乗り越えられる。俺たちなら父さんのようなスーパーアイドルにだってなれるはずだ。」

「……うん。そうだね。北斗がいてくれたら、僕に怖いものなんて存在しないよ。一緒になろう、父さんのようなアイドルに。そして、いつか一緒にキラキラ輝く夢のようなステージに立ってやろう。」



目を閉じれば鮮明に思い出すことができる、むかし北斗と交したあの約束は、未だ果たせないままだ。もしかしたら、果たされる日は一生訪れないのかもしれない。
ずっと二人ぼっちだった僕らは、『Trickstar』の仲間たちと出会って、仲間の大切さに気がついた。輝きは重なれば重なるほど強くなることを知った。でも、今は僕もあいつも暗雲に満たされ、その輝きを失ってしまっている。

このままじゃダメだと頭ではわかっているんだ。けど、僕は一体どうすればいいのかな…?


桜公園にあるベンチに座り、まだ咲かない桜を見上げていると、どこからか芯のある喧しい声が聞こえてきた。


「おおっ、七星!こんなところにいたのか!捜したぞ…☆」

「……守沢先輩、どうもお久しぶりです。会って早々で申し訳ないんですが、今の僕にはそのノリとテンションに着いていける気力がないので、帰ってもらってもいいですか?」

「どうしたどうした、そんな暗い顔をして!七星らしくないぞ? 困り事があるなら、ど〜んと俺を頼ってくれ!俺は燃えるハートの守沢千秋!この夢ノ咲学院を守る、正義の味方だ!ふはははは☆」

「相変わらず話聞いてくれない人だなー…。」


高らかに笑う守沢先輩は、相変わらず我が道を往く人で、場の空気なんてちっとも読んでくれやしない。誰よりもパワフルで暑苦しく、まさに戦隊ヒーローのレッドに相応しい人であった。

正直なところ、今この人を相手にするのは億劫なのだが、一応先輩ではあるし、きっとこの人は用件を聞くまで帰ってはくれないだろう。致し方ない、と僕は諦めたように溜息をつく。
わざわざ桜公園まで僕を捜しに来たということは、きっとそれなりの用件があるのだろうし、さっさと話を聞いて速やかにお引き取り願おうか。


「それで、守沢先輩。僕に何のご用ですか?」

「うむ!もう、おまえは知っているかもしれないが、どうも何やら『Trickstar』がきな臭い陰謀に巻き込まれてるらしいんだ!」

「……………。
……………………はあ、だから?」

「仲間の大ピンチだ!俺たちで助けに行こう…☆」


空気は読むものではなく吸うものタイプの守沢先輩は、太陽にも負けぬ眩しい笑顔でそう言った。


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