09


「僕は、一体どうしたら…!」


人気のないガーデンスペースにやってきた七星は、ポロポロと溢れる涙を隠しもせず、そのまま木陰に膝をつく。どうしよう。どうすれば、誰にも迷惑をかけずに済むのだろう。
スバルを襲った人達をさがして、こんなことは二度としないでほしいと頼むしかないのか。そもそも彼らは、自分に何の恨みがあってこんなことをするんだろうか。考えても考えても一向に答えは出ない。

そんなときだった。


「やぁ、君が氷鷹七星くんだね。」

「っ、」


誰もいないと思っていたはずの場所で、突然聞こえてきた声に、七星はビクッと肩を揺らす。慌てて涙を袖で拭い、顔を上げれば、そこには夢ノ咲学院で知らない人はまずいないであろう有名人が、儚げな笑みを浮かべて立っていた。


「……『fine』の天祥院先輩が僕に何かご用ですか?」

「ふふふ、そう警戒しないでほしい。こんな場所で一人、絶世の美少年が涙で袖を濡らしていたら、誰だって思わず声をかけてしまうものだよ? まあ、今回僕は君に頼みがあって話しかけたわけだけれど。」

「僕に、頼み…?」

「うん。これは君が一番よく知っていることだろうけど、近頃、君の印象を悪くする噂を流したり、君の仲間に怪我を負わせようと企てた人物がいる。それらの行動にどういった意図があるのかは図り兼ねるけど、この学院の品位を貶める外道な行為だということは確かだ。」

「………。」

「そこで、その愚か者を学院から排除するために、君には一芝居打ってほしい。わかっているとは思うけど、これは君自身のためでもあるんだ。いつまでもやられっぱなしなんて性に合わないだろう?」

「……犯人の目星はついてるんですね。」

「もちろんだよ。後は、言い逃れできない決定的な証拠を突きつけるだけ。さあ、七星くん、渉が絶賛するほどの君の演技力を僕たちに見せてくれ。」




グレーテルに迷いはない09




「おかえり、七星。随分と帰りが遅かったな。」

「ただいま。うん、友達と楽しく駄弁っていたら、こんな時間になっちゃったんだ。北斗の方は逆に帰りが早かったみたいだね。演劇部はお休みだったの?」

「………。」

「北斗?」

「……七星。俺たちは双子だ。今までずっと苦楽を共にし、二人で支え合って生きてきた。俺はおまえのことを誰よりも大切に想っている。世界一の幸せ者にしてやりたいと、心からそう思っている。」

「な、なんだよ突然…。」

「…だからこそ、おまえが間違った道へ進もうとしているのだとしたら、片割れである俺が道を正してやらねばならない。それが、生まれながらに与えられた俺の使命だ。」


北斗は意を決したような面持ちでそう言った。そのいつになく真剣な瞳に、双子ながら思わずドキッとしてしまう。けれど、続けて出た彼の言葉に、七星の頭は真っ白になった。


「七星、今繋がっている不良達とは縁を切れ。」

「………え?」


まるで、時が止まったような錯覚に見舞われる。北斗は一体なんの話をしているんだろうか。嫌な予感が背筋を冷たく流れる。そんなまさかと思いつつ、七星は頭に浮かんだ一つの可能性を、恐る恐る口にした。


「……ねえ。それって、学院に広まっている“あの噂”のことを言ってるの?」

「そうだ。なぜ、そんな奴らとつるむようになったかは知らんが、そんな奴らといたら、おまえの輝かしいアイドル人生を奪われかねない。すぐにでも交友を断つべきだ。」

「………。」

「もし、おまえだけでは断絶が難しいというのなら、俺が力になろう。心配するな。おまえの経歴に傷がつくことは絶対にしない。もちろん、このことは両親にだって秘密にする。」

「ちょ、ちょっと待ってよ、なんで急に…!北斗は“あの噂”を本気にしたってこと? 僕のことを信じてるって言ってくれたじゃないか。あの言葉は嘘だったのか!?」

「もちろん嘘じゃない。……だが、おまえと他校の不良達が一緒にいるところを見たという奴が何人もいるんだ。それに今日、明星が不良に襲われたのだって、おまえが何か関係しているんだろう?」

「!それは……確かに僕のせいだけど、」

「やはりそうか。」

「っ、やはりそうかって何だよ!? やっぱり端から僕のことなんて信じてなかったんじゃないか…!」


北斗のことは誰よりも信頼していた。だって、母親のお腹にいる頃からずっと一緒にいた、七星にとって唯一無二の存在なのだ。例えどんな状況下に置かれようと、北斗だけは自分の味方でいてくれると信じていた。それなのに…。

ポロポロと大粒の涙が溢れ落ちる。酷く裏切られた気分だった。信じてほしかった人に信じてもらえなかった悲しみと悔しさで胸がはち切れそうになる。
もともと、周りから悪意ある感情を向けられ続けた七星の心は、本人も気付かぬうちに脆くなっていたのかもしれない。

突然泣きだした七星に動揺しつつも、北斗は慰めようと手を伸ばす。しかし、その手は七星によって振り払われ、行く先を失った。


「七星、」

「なんでだよ…!僕より他人の言うことを信じるのかよ!?『世界中が敵になったとしても、俺だけはおまえの味方だ』って言ったくせに……北斗の嘘つきっ!



おまえなんて大嫌いだ!!」


七星はそう言い捨てると、茫然としている北斗の横をすり抜け、自室へ向かって走り去る。まだ夕飯前だったが、食力もないし、何より北斗の顔なんて今は見たくもない。七星はそのまま自室に閉じこもると、ベッドに潜り込み、独り静かに泣き続けた。
暫くして、「俺が悪かった。おまえの話もちゃんと聞こう。部屋に入れてくれ」という北斗の声が、部屋の外から聞こえてきたが、七星は無視を決め込む。

ずっと一緒だった。お互いを大切に想い合っていた。だからこそ、自分より他人を信じた彼を、七星はどうしても許すことができなかった。



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