06


「なんとか演劇部に入部させてもらえてよかったね、北斗。」

「ああ。これで放課後も芝居の稽古をしたりして、有意に時間が用いられる。あとは、ひたすたに努力を重ねれば…。父のように母のように俺も一角の人物になれるはずだ。もう誰にも、親の七光りなどと言わせない。」

「うん、そうだね…。」

「しかし、七星は本当に演劇部に入らなくて良かったのか? おまえは俺と違って、演劇部の部長に絶賛されていただろう。演劇史に名を残す大物俳優になれる、と。」

「あはは。あんな大袈裟に褒められても、胡散臭くて逆に信じられないよ。……それに言っただろう?僕はどこの部活にも入る気はないって。僕は北斗みたいに頭が良くないから、正直な話、勉強とアイドル活動だけで手一杯なんだよね〜。」

「だが、近ごろ再組織された生徒会が『部活動には強制加入』とかいう法案を通そうとしている、と噂に聞いたぞ。現状、生徒の支持は得られそうにないが…。」

「ほんっと余計なことをしてくれるよね、生徒会。まあ、そのときはそのときさ。てきとうに、楽でゆるそうな部活を見つけて入るよ。」

「………それでも演劇部には入ってくれないのか。」

「え、ガチで凹んでるじゃん…。逆に、北斗はどうしてそんなに僕を演劇部に入部させたいの?」

「それは…、七星と一緒にいられる時間が減るというのは、やはり寂しいからな。」

「………北斗。おまえ、かわいいやつだな!」

「?七星の方が俺より何倍もかわいいだろう。艶やかな黒髪に、新雪のような白い肌。ぱっちりとした大きな瞳は愛らしく、まるで野に咲く可憐な一輪の花のようだ。」

「ひえ、実の双子の兄が真顔で口説いてくる…。というか今の台詞って、脚本にあった王子さまがお姫さまに向けていう台詞を参考にしたのか?」

「ふふん。部長は俺を『王子さまみたい』だと言っていたからな。俺が王子さまだというのなら、当然お姫さま役は七星しかいないだろう。……さあ、お手をどうぞ、お姫さま。家に帰るまで、王子である俺がエスコートしよう。」

「はあ…。帰り道の隙間時間まで利用して、芝居の稽古をするつもりか? ほんっと真面目ちゃんだよな、おまえは。時々、本当に僕の双子なのかと不安になってしまうよ。
でも、まあ、僕はそんな頑張り屋さんな北斗がだぁいすきだからね。いいよ。おまえの気が済むまで付き合ってあげよう。……さあ、王子さま。このまま私を素敵な夜の街へと連れて行ってくださいな♪」




グレーテルに迷いはない06




七星を含めた五人が『Trickstar』を結成して間もない頃、ある日突然、“その噂”は流れ始めた。

『氷鷹七星は身体を売っている』

もちろん、それは根も葉もない噂だったし、その噂話を流しているのはごく一部の生徒達だけだった。
七星の知人らは本人が否定せずとも、誰一人としてその噂を信じることはなく、きっと氷鷹七星を妬ましく思っている誰かが、彼の評判を下げようとして流したデマだろうと推測した。この業界では別に珍しいことではない。

だから、いちいち噂の火元を探すなんて馬鹿らしいことは誰も考えなかった。
人の噂も七十五日。その内、この噂も蝋燭に灯る火のように、風に吹き飛ばされてすぐに消えてしまうだろうと七星本人でさえ楽観視していたのだ。


けれど、その考えは間違いだった。気づけば、放っておいた噂に尾ひれがつき、ありもしない噂話が学院全体に広まってしまった。
『両親の名で入試免除されたらしい』『教師や先輩に媚びを売っている』『本当に双子かどうかも怪しい』『他校の不良と一緒にいるのを見た』
人はおもしろ半分で噂を広げていく。彼らにとっては話のネタにさえなれば、その噂の真偽なんて関係なかった。

七星が学院の敷地内を歩けば、向けられるのは好奇の目だ。こちらを見て何やらヒソヒソしている生徒を、七星はギロッと睨みつける。すると、隣りにいた真が短い悲鳴を上げた。


「七星くんって普段温厚な分、怒るとすごく怖いよね…。僕、自分が睨まれたわけじゃないのに、思わずビクッてしちゃったよ〜!」

「ははは…。でもまあ、さすがに七星だって怒るよなぁ。どうして急にこんな噂が流れ始めたんだ?学院中に広まるって相当だぞ。」

「う〜ん……これは確実に七星くんに悪意を持っている人物の犯行だよね。七星くん達双子は、この学院で結構目立つ存在だし、逆恨みの可能性が高いかも。……七星くん!もし誰かに何かされそうになったら、すぐに僕たちを呼んでね。必ず助けに行くから!」

「ああ、いつでも頼ってくれていいぞ♪ まっ、俺たちが助けに入る前に、おまえの兄貴がなんとかしちまいそうだけどな。」

「衣更、遊木……うん、ありがとう。こんなことになっても一緒にいてくれる仲間がいて、僕は本当に幸せ者だよ。」


彼の一番の味方である北斗は違うクラスのため、少し心細く感じることもあったが、二人のように七星を信じてくれる者達がいた。だから、例えどんな酷い噂をされようと、周りから好奇の目で見られようと、七星は耐え抜くことができた。
そして、これからもこんなふうにみんなと一緒に笑い合う日々がずっと続いていくのだと、そう信じて疑わなかった。


しかし、彼らの悲劇は既に幕を開けていたのだ。



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