それは、私が小学生になったばかりの頃の話です。私は入学のお祝いにと、親戚の叔母さんから可愛らしい女の子の人形を貰いました。

女の子の人形って言いましたが、それは別にフランス人形とか、日本人形みたいに、よく怪談に出てきそうなものでは全然なくて。目は黒い点でしたし、髪も茶色で、何かのアニメに出てくるキャラクターだと思われる、本当に普通の人形だったんです。

私は、その人形に”みっちゃん”という名前を付けました。

みっちゃんは、私の一番の遊び相手でした。私は、あまり外で遊んだりするような活発な子では無かったので。学校から帰っても、みっちゃんとばかり遊んでいたんです。


「みっちゃん、聞いて!あのね。今日、算数のテストがあったの。それで、真くんが100点満点でね!クラスで100点は、真くんだけだったんだって。すごいよね〜!」

「あとね、亜季ちゃんがいいもの見せてくれるって言っててね。着いていったら、公園の隅にすごく可愛いお花が咲いてたの!あれ、なんて言うお花かな?みっちゃんにも見せたかったなぁ!」


一方的な会話。けれど、それでも私は楽しくて。今日会った出来事をみっちゃんに沢山聞かせていました。
けれど、人形遊びばかりしている私を、幼なじみの真くんはよく思っていませんでした。真くんは私を外に連れ出そうと、学校から帰ると家に訪ねてくるようになりました。


「ほら、外行くぞ。」

「……私、みっちゃんと遊んでるの。」

「じゃあ、みっちゃんも一緒で良いから。」

「お母さんがみっちゃんを外持って行ったらダメだって…。」

「……はあ。なら、みっちゃん置いてこい。家で一人で遊んでいるより、絶対楽しいから。」


そう言って真くんは私の腕を引っ張り、いろいろなところへ連れて行ってくれました。公園や公民館、駄菓子屋さんに図書館。家でずっと遊んでいた私にはどれもすごく新鮮で、楽しくて。


私はだんだん外の世界の魅力に惹かれていきました。


「お母さん!真くんと遊んでくるね!」

「気をつけるのよ。5時には帰ってきなさいね。」

「はーい!」


毎日、毎日、学校から帰れば、真くんのところへ駆けだす。気がついたら、それが日課になっていたんです。さすが、真くんですよね。私を何処へ連れて行けば、外へ興味を示すのかわかっていたんですから。

それから、私はみっちゃんとあまり遊ばなくなりました。みっちゃんはベッドの隣にある本棚の上に飾ってあります。しかし、私がそれに触ったり、話しかけたりすることはもうありませんでした。



そんなある日の夜のこと、私はおかしな夢をみました。なんと夢の中のみっちゃんは、人形だというのに私に話しかけてくるんです。表情はそのままで、口だけを動かして……とても可愛らしい声で言うんです。


『今日ハ、公園ノオ花デ冠ヲ作ッタンダ。亜季チャンニネ、教エテモラッタノ。亜季チャンミタイニ上手ニ作レナカッタケド、スゴク楽シカッタヨ。今度、お母サンニモ作ッテアゲヨウ。』


その内容は、私が前に話したものでした。私はそれに「良かったね!お母さんもきっと喜ぶよ」と返します。すると、みっちゃんはまた話し始めました。


『真クンガネ。人形遊ビナンテヤメテ、外ヘ行コウッテ言ッテクルノ。外ハ楽シインダッテ……本当カナ?』

「……どうだろう?楽しいかもしれないね。」


私がそう返すと、人形はまた言いました。


『最近、なまえチャンハ真クント外デ遊ンデバッカリデ寂シイナ。ミッチャンモ外デ遊ビタイノニナ。イイナァ。ズルイナァ。』

「………。」

『ミッチャンモネ、図書館デ本読ミタイ。オ菓子モ食ベタイ。真クント遊ビタイヨ。……なまえチャンハ、イイナァ。イイナァ。イイナァ。』

「………。」


みっちゃんは、何度も”イイナァ”と繰り返しました。私は何を言うことも出来ず、ただみっちゃんを見ています。

すると、みっちゃんはギイッという音を立てて、ゆっくり足を動かしました。そして、私の方へ一歩進んだんです。
私はさっきまで何も感じていなかったのに、何故か急に怖くなってきて。恐る恐る「…みっちゃん?」と名前を呼んでみました。

みっちゃんはニヤッと笑うと、私の方へ一歩、一歩、ゆっくり近づいてきます。私は逃げたかったのですが、まるで金縛りにあったみたいに、そこから全く動けません。
みっちゃんは、座り込んでいる私の前までやってくると、私の腕を折れそうなくらい強い力で掴みました。その痛みに私が顔を歪めると、みっちゃんは楽しそうな明るい声で言うんです。


『なまえチャンハ、イツモ楽シソウ。羨マシイ。ミッチャンモ遊ビタイ。』

「………。」

『……ダカラ、』




ソノ体、ミッチャンニ頂戴?




「いやっ!!!」


ハッと目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋で。ベッドの横の棚には、きちんと人形が置かれていました。

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