手紙


美由と出会ったのは大学生の時だった。いつも中心にいる彼女は、当初から少し遊びが過ぎていたが、明るく誰とでも仲良くできる魅力的な女性だった。
東京に出てきたばかりの俺はその輝かしさは羨ましく、恋というよりは憧れに近かった。

友人として彼女と親しくなり、より身近に感じるようになった頃、彼女の幼さにも気が付いた。
いつも周りをまとめていた彼女は、意外と繊細で危なっかしいんだ。それが始めの印象だった。

ーー無論、その無邪気な笑顔が、あの幼い木下裕也に似ていたのは否定できない。

遊び疲れた彼女が泣きじゃくり、誰かの愛を求めていた時、都合良く現れたのが俺だった。
そう。所詮はタイミングが良かっただけなんだ。


「酷いもんよね、文句ばっかり。それで打っ倒れちゃうんだもの」


遠くで声が聞こえる。朧な瞼を薄っすら開けて、眩しい光にまた目を閉じた。


「でも、日比谷にも理由があったと思います。訳もなく、酷いこと言う奴じゃないんで」

「き……のし、た……?」


声を頼りに顔を向けると、眉を下げた木下が覗き込む。ここは自宅マンションだったのか。


「日比谷、平気?今、水持ってくるよ」


「ああ。ありがとう」と重い頭を抱えると、頭上で小さく笑う声が響く。


「嫌になっちゃう。彼女がわざわざ送ってあげたって言うのに、同居人の彼がいいわけ?」

「っ……!」


驚いて上体を起き上がらせると、腕組みをした仁王立の美由が俺を見下す。


「わ、悪い。……あの人は?」

「もう帰ったわよ、良一が居酒屋で潰れちゃったから。あの後輩くんに頼まれちゃって……断るに断れないでしょう、一応彼女なんだから」


一応、と唇の裏で繰り返してみる。


「由美、もうそういう……浮気とか、やめてくれないか」


眉間に皺を寄せた彼女が口を尖らせる。


「浮気じゃないわよ。あの人とはヤってないもの。少し遊びに付き合ってもらってただけよ」


腕組みをしていてよく言えたものだ。
今時の恋愛事情は、その程度なのだろうか?わからない。

しかしそう言い返せない自分が、一番腹立たしくて情けない。


「日比谷、水」


キッチンで大人しく水汲みをしていた木下が、俯いた俺に差し出す。

仕切りも何もない小さなこの部屋では、当たり前のように今までの会話は聞こえていたのだろう。


慰めるべきか素知らぬ顔をするべきか、悩んだ末に生まれたであろう不器用な笑顔が、何だか無性に可愛く見えた。




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