手紙
飲み会と言われる場と、飲みに行く場では、少しばかり違う気がする。
それは雰囲気とか気分とか、そんな曖昧とした何か。
同じ居酒屋に来ても、落ちこぼれが集まって慰めあっている場は苦手だ。
俺には、使い古されたロボットのような中年男性が、訳もない自信に満ち溢れて夢を語る馬鹿げた場の方が、居心地が良かった。
「せんぱぁい、ぜんっぜん飲んでないじゃないですか〜」
隣に座る煩い後輩は、頬をリンゴのように赤らめてだらし無くグラスを揺らしている。
「お前は飲みすぎだ。女はいいのかよ、女は」
「だって、彼氏いるっぽいんですよねぇ……。ねぇ先輩、あの人って彼氏だと思いますか〜?」
指差された方へ顔を向けると、確かに通路へ顔を出して誰か男性と話している。
「いや、彼氏ではないんじゃないのか。男の隣にも、連れの女がいるみたいだし……」
目を細めて男と女の顔を確認すると、は、となった。
見馴れたその女の表情はいつになく無邪気で、ひどく露出した足元には高い赤のヒール。居酒屋には到底似合わない。
なんで、なんでこんな所にいるんだよ。
「美由」
冷たく発したその呼び声が、予想以上に荒くなったのを自分でも感じた。
女は俺の姿を見つけると、男の腕に絡めていた自分の腕を離す。
若干表情が歪んだが、暫くして邪魔者を見つけたかのような嫌な顔になる。
「良一……」
二人のやり取りを見た後輩が、現状を読めずあたふたとする。俺の顔、女の顔、そしてまた俺の顔を見て唇を動かす。
「先輩……もしかして、彼女さんっすか?」
珍しく申し訳なさそうな彼が、苦い笑みを浮かべて居心地悪そうに視線を泳がす。
何だか不思議な光景のそれを見たせいか、あるいは馬鹿げたスキャンダルを目の当たりにしたせいか。可笑しな気持ちになって、嘲笑いに似たため息が漏れた。
「美由、また遊んでるのか。今度は誰だよ」
「嫌な言い方。トモダチよ、トモダチ。ちょっと仕事の関係で知り合って」
再び回された彼女の腕は、するりと隣の男に巻き付いていく。
「彼、良い人なのよ。よく遊んでくれてね、退屈しないの。彼といるといつも新鮮な気分になるの」
あなたは詰まらない人ね、と、言われているような気がした。
俺の金で買った洋服で、俺の知らない男と遊ぶ。
馬鹿げてる。もう何度目だろう。
会いたいな、と、ふと木下の表情が脳裏に浮かぶ。
今度の日曜、どこに行こうかとはしゃぐ、木下の笑顔が浮かぶ。
「美由、もう無理だよ」
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