手紙


飲み会のときまで弁当箱を持ち歩いては大変だろうと、気を使ってくれた木下が作った大きなおにぎりを二つ食べて昼休憩は終えた。
この大きさのおにぎりを前にも食べたことがあるな、と懐かしく思う。あれは確か、木下を泊まらせた初めての朝。

懐かしい。もう二ヶ月も経つ。


「あっれ、先輩なにため息なんかついてんすかぁ」


出た、と一瞬顔を顰めてしまったのを申し訳なく思いつつ、男の方へ体を向ける。


「ため息なんかついてたか」

「ついてましたよ〜。もう、今日は待ちに待った金曜日!飲み会じゃあないっすかぁ」


月に一度の飲み会で、どうやら別の部署に気になる女性ができたらしい。だからこの男は朝から騒がしいのだ。


「お前はまたお目当ての子にアタックか」

「あったりまえじゃないっすかぁ!金曜日っすよ?お持ち帰りを狙うしかないっすよ〜」

「お持ち帰りって……」


そんな言葉を久しぶりに聞いた。
若かりし頃は夜明けまで飲みあさり、“イイコ”がいれば自宅にでもホテルにでも連れて行っていたのに。

今の彼女と出会い仕事も遊びも楽しみを失い、暇があればゲイバーに通っていた時に木下裕也に再開した。


俺は何がしたいのだろう。
誰に恋をし、誰を愛したいのだろう。


「日比谷先輩、今日は彼女に外泊許可とったんすかぁ?」

「は?なんで外泊許可?」

「いやぁ、だってたまにはいいじゃないですか。先輩だって浮気したい日もあるでしょう?」

「っ……」


浮気、という言葉に反応してしまった。


『浮気、バレちゃうよ』
彼はあの日にそう言った。


『浮気はしてない。飲みに来てるだけだから』

『誘われたら?日比谷って背も高いし顔も悪くないしーー仕事帰りなの?スーツっていいね』


今の彼女が好きじゃないのかと聞かれたら、正直黙ってしまうだろう。
アイツはまだまだ幼い心を持っていて、危なっかしいところがあるから、俺が面倒を見てやらなくてはならない。どちらかというと、恋慕よりは母性に似た何か。


『俺に誘われても?』


あの時、何も返すことができなかったのはーー。


「外泊許可も何も、最近はずっと会ってない」

「え〜?そうなんすか。つまんないなぁ」

「……もうとっくに、浮気してんのかもな」

「え?なんすか?」

「何でもない。ほら、そろそろ仕事に戻れ。飲み会にも参加できなくなるぞ」

「はぁい」

だらしがない後輩のだらしがない返事と同時に、俺はパソコンを開いて再び作業を進めた。



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