めくるめく


“ミサキさん”と彼は確かにそう言った。

その名の相手は、だいたい見当がついていた。
彼が今もなお愛しいている恋人。


「……」


もともと期待などしていなかったんだ。

そもそも俺には彼女がいて、尚且つ木下のことはもう過去のものとしてケジメがついたはずなんだ。
期待も何も、この男にどんな感情を持てばいいというのだ。


ふう、とひと息ついて気持ちを切り替えた。


おかしな話だ。男が男を好きになるだなんて。

少し胸が騒ついたのは、知らぬ名が出て動揺しただけ。
それだけ。


「木下、良い加減にしてくれ。俺も明日の支度があるし、風呂にだって入らなくちゃいけない」

「や、だっ……三崎さ……っ」

「ッ……」


違う。違うのに。


「俺はミサキさんじゃない。目を覚ましてくれ」


木下の長い睫毛の合間から、ツゥ、と真っ直ぐに涙が流れた。


「あっ……。木下……」



どうしてなんだ。
こんなにもお前を苦しめた相手を、どうしてそこまで愛せるんだ。


分からない。

傷付いて傷付けられて、それが愛だと言うのか?
好きな人が付けたものだからと、笑って耐えていられるのか?

理解できなかった。


傷は傷だ。痛くて苦しくて、生々しいものがいつまでも残る。
他人から見ると目を引き攣るような、そんな酷いもの。


どうせミサキさんも、そこらへんの男をとっかえひっかえするような、最低な女なのだろう。
男に暴力を振るうくらいだ。きっと乱暴で傲慢で、金色の髪を汚く下げた、煙草と酒が大好きのキャバクラ嬢か何か。

そんな勝手な想像をして、気分を落とした。



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