十歳
帰り際まで後輩にネタにされてしまい、今日は散々な目にあった。
「今日も楽しんでくださいね〜!」と大きな声で言われたので、意識して帰り辛くなったのも理由のひとつ。
またそれとは別に、木下のことを真剣に知りたかったので恵太さんのお店『アポロン』へと訪れたのが大きな理由だった。
「あらやだ。じゃあまだ裕くんがおうちにいるの?」
「あの状況で帰すわけにもいかないから」
「でもねえ、アタシも何も知らないのよ。裕くんが来たのはあの日が初めてだったし、良ちゃんが来る前も対した話はしてないのよ?」
やっぱりそうか、と小さくため息を付きながら、いつもの酒を飲み込んだ。
「でも意外ねえ……良ちゃんなら、直ぐに帰すかと思ってたわよ」
「だからあんな痣を見たら、」
変わらずにそう伝えようとすると、「本当にそれだけ?」と顔を覗き込まれた。
妙に鋭いから、この人は苦手だ。
「……じゃあ何だって言うんだよ」
「同級生、なんでしょう?昔好きだった相手とかね〜」
「……」
だから嫌なんだ、と思いながら黙っていると、目の前の恵太さんが口元を緩めてにやにや笑う。
「あなた、オンナがいるのにどうするのよ」
「何の話だかさっぱり」
「アタシは裕くんとの方を応援するから、またいつでもいらっしゃい。恋バナ聞かせて」
恋バナって……。と呆れながらも、一応礼をして店を出た。
いくら彼が初恋の相手だからって、それ以上でも以下でもない。
過去は過去。もう終わってしまったことで、今はもう、それぞれに違う道が示されているんだ。
久しぶりに彼女に連絡をとったほうがいいだろうか、と普段見ない彼女の連絡先を眺めていると、どこからか楽しそうに笑う声が聞こえる。
最近建てられたばかりの真新しい一軒家で、奥さんと子供がはしゃぐ声。きっともうしばらくしたらそこに父親が帰って来て、ただいま、と言うと、おかえり、と返ってくる当たり前で幸せな生活が訪れる。
「……当たり前、か」
自分で考えておいて虚しくなってきた。
はやく帰ろう。家に帰ろう。
ただいま、と言ってみて、おかえり、と返してくれたら嬉しい。
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