十歳


木下に見送られ新婚のような感覚を味わってすぐ、車の通りが多い十字路に出て現実に引き戻される。

バタバタと足早に走り去る社会人と、他人の迷惑も考えずに横へ並ぶ学生たち。

俺もその中の一人なんだと思いたくなくて、イヤフォンを耳に当ててなるべくゆっくりと進んだ。
iPodから流れるバンドの曲は少しだけ雑音を消した。



会社に着いても、いつもと変わらない日々だと憂鬱になりながら、午前中は終わった。
三十分間、けれど実質十五分程度の昼食をやっととろうと立ち上がると、後輩の男が声をかけて来た。


「あれぇ、日比谷先輩、今日は弁当っすかぁ」


何のことだと小首を傾げると、鞄の中に手を突っ込んで布包みを取り出された。


「えっ」

「いつも買い弁なのに珍しいっすね。彼女さんっすかぁ?羨ましい〜」


ヘラヘラと笑いながら俺の許可もなしに包みを開けられる。
こんなの知らない。彼女にだってここ二週間ほど会っていないし、木下だって何も言っていなかった。いやでも、木下くらいしか……。


「ちょっ、勝手に、」

「うわっ!ラブラブじゃないっすかぁ!」

「っ、」


蓋を開けて驚いた。
ソーセージと玉子焼きと金平牛蒡と、おかずはシンプルなものの白飯の上に海苔で文字が入っている。


“LOVE”


「なんすか、なんすか。昨日はお楽しみだったんですか?」


ニシシ、と下品に笑う男が素手でソーセージを掴んで口に入れる。


「あっ、おい!」

「んまいっすよ、先輩!羨ましいなぁ〜」

「勝手に食べるなよ……」


深くため息をついて頭を抱える。
この後輩は相変わらず常識がない。今時の若者は普通なのだろうか。

初恋の相手の、少しばかりは気になる相手の手料理を、手作り弁当を、感情もなしに食べられてしまうなんて。


「そんな怒らないでくださいよぉ、手料理なんていつでも食べれるじゃないっすかぁ」


謝る気のない男は、またヘラヘラと笑いながら出て行った。


「……」



木下裕也。

彼は一体何を考えているのだろう。
夜の誘いに愛情こもった手作り弁当。


「ラブ……らぶ……。好き」



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