十歳


ーー夜、夢を見た。


俺と木下がはじめて出会ったあの頃の、幼い記憶。

ただ純粋に誰かを好きだと感じた、大切で、でも同じくらい醜い感情。




「あ、おはよう日比谷」


眠気眼で起き上がった拍子に、懐かしい声が聞こえた。


「うっ、おっ……おはよう……」

「う、って何?ふふっ、変なの」


おかしそうに笑う木下の体には昨晩のエプロンが付けられていて、菜箸を持ったままフライパンと睨み合っている。


一瞬、夢との区別ができなかった。

なぜこの男が目の前にいるのだろうと思ってすぐ、ああそうか、俺は昨日、ゲイバーでこの男と再会したのかと気付く。

なんという不運か幸福か。



「……起きるの早いんだな」

「朝食を作っちゃおうと思って。でもやっぱり、朝起きて冷蔵庫がいっぱいになるわけじゃないからなあ」


俺が頭を掻きながら悪かったな、とふてくされると、また小さく笑った。

よかった、笑えてる。


「朝はおにぎり。ふりかけで大きいのを三つ作ったから、全部食べてね」

「朝からそんな入らない……」

「日比谷は朝食さえ摂らなさそうだもんな。でも俺がいる以上、食べさせるから」

「俺がいる以上ってお前、」


いつまで居る気だ、と聞こうとして、やめた。


「なに?」

「……俺、朝はパン派だから」

「分かったよ、次からはパンにしてあげる」



この生活がいつまで続くのか、全く想像がつかなかった。

昨日までは、いや、木下が風呂からあがるまでは、てっきり一日限りの夢だと思っていたから。


けれどあの痣を見てしまった以上、何も言わずに帰すわけにはいかない。

木下が家を出てきた理由も、恐らくそこにあるから。



「なに怖い顔してんだよ」

「えっ」

「ほら早く食べて!会社遅刻するぞ」

「あ、ああ」



いっそこのままで良いとさえ思ってしまう。

それは俺のエゴだろうか。



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