初恋のきみ


夕食の後支度を済ませて面白みもないバラエティ番組を眺めていると、妙な静寂の中でシャワーの水音だけが響いて聞こえた。


誰かがこの場所に住んで、生活をしている感覚。
ただ最低限のことをして寝るためだけに帰ってきているこの部屋に、自分以外の別の誰かがいる感覚。


三年前からなあなあと付き合ってきた彼女を招いても得られなかった落ち着きと幸福が、どうして突然やってきた男なんかに感じてしまうのだろう。

しかもだいぶ変わった。顔が良いのだけは救いだが、その他は点でダメ。
昔はあんなにも生意気ないやらしい性格じゃなかったし、とっかえひっかえ恋人をつくるようにも思えなかった。

まるで数十年ぶりに同窓会で会った初恋の相手が、ずいぶんと老けてしまったあの絶望感のようだった。

いや、もしかしたら同窓会で再会したほうが良かったのかもしれない。
そうしたらこの虚しさを誤魔化して、懐かしい友人とくだらない話ができたかもしれないのに。


はあ、と大きなため息を吐くと、風呂場の扉が開く音がした。木下が出てきたんだ、そう思って顔を上げると、あることに気づく。
そういえば彼は、着替えを持っていただろうか。


仕方なくタオルとなるべく綺麗な洋服と、まだ下ろしていない新品の下着を持って脱衣所へ向かった。


「木下、ちょっと入るよ」


コンコンと軽くノックをして勢い良く扉を開くと、「待って!」という慌てた声が返される。

でももう遅い。


「あ、悪い……」


先程まで着ていた上着で身体を隠す隙間から、無数の青紫色の痕が見える。


「え……」


絶句した。

はじめて実際に見る生々しいそれは、木下の腕や足、薄っぺらい腹にまで点々として広がり、見るからに痛そうだ。

思わず口を押さえた。


「き、のした……それって、」


右太ももの上部に、内出血をしたのか一番酷く赤黒い塊がある。
俺はそれを凝視しながら呟くと、言いにくそうに木下は俯いた。


「見なかったことに、して……くれない、よね」


不恰好な笑みを浮かべた彼が左腕を摩る。

古くシミになった痣もたくさん見られた。



おかしい。これはおかしい。



「誰にやられてるんだよ……なんでそんなになるまで誰にも助けを求めなかったんだ!」


思わず怒鳴りあげると、小さく肩を揺らした木下が、再び暗く影になった地面を見つめた。



「ごめん、木下。……服、着よう。風邪引くから」



ポツ、ポツ、と彼の毛先から零れ落ちる小さな水滴は、軽い水溜りをつくってまた虚しく落ちた。



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