初恋のきみ


「日比谷はここよく来るの?俺はこの店は初めてなんだけど、日比谷がいるならもっと早くに来ればよかった」

「……お前、変わったな」


今まで全く縁のなかった相手に、よくもまあアピールが出来るものだ。

俺の知っている木下は、照れた表情が愛くるしい純粋な男の子。
一方何一つ変われていない俺は、そんな言葉で胸を高鳴らせているんだ。


「そうかな。まあお互い年もとって変わっていった、ってことで。……彼女さんいるのにこんな場所来てていいの?浮気、バレちゃうよ」


馬鹿にしたように小さく笑って、彼は俺の表情を伺った。
こんなにもこの男は生意気だっただろうか、と記憶を辿って見ても、数える程しかない彼との記憶にそれらしき行動は見当たらない。

やっぱり変わった。
少しだけ、純粋さが抜けてもう無知じゃない。


「浮気はしてない。飲みに来てるだけだから」

「誘われたら?日比谷って背も高いし顔も悪くないしーー仕事帰りなの?スーツっていいね」

「誘われても断るから」


左隣でグラスを揺らしながら話す木下が、俺の左手の薬指に気付いてそっと手を重ねてきた。
ふわりと漂う彼の匂いと柔らかそうな髪が鼻のあたりで擽る。


「俺に誘われても?」


人差し指と中指でずらすようにして指輪を取ろうとする仕草。
やっぱり気づいたんだ。


「これ付けてこういうお店来ない方がいいよ。みんな嫌な顔するから」

「……お前さ、今どこで働いてるの」

「お前じゃなくって名前で呼んでよ。あ、忘れちゃった?裕也だよ。木下裕也」


そう言うと頭を擦り付けて腕を組まれた。何のつもりでやっているのか知らないが、悪い気はしないのが一番の問題点。


「木下、どこで働いてるの」

「ふふ、どうしてそんな話するのさ?もっと楽しい話しようよ。このあと暇?ホテル行こう、ホテル」

「やっぱりお前変わったよ。何かチャラくなったというか……ちゃんと働いてんのか?昼間からパチンコとか行ってないだろうな」


俺の初心な初恋の相手が、こうもだらしなく変わってしまったのかと思うと情けなかった。恋愛は人それぞれだけれど、男にばかり媚を売ってヘラヘラしているようじゃ俺だって報われない。


「やめてよ勝手な想像するの。お前は俺の親かよ、って感じ」


ひどく嫌悪した目で睨み手を離した木下が、カウンターに肘を付いて口をへの字に曲げた。


「日比谷だって変わったよ。昔はゲイバーなんて行きそうな雰囲気なかったのに。いつから目覚めたんだよ?みんなに言いふらしちゃうぞ」

「ちょっ、冗談だろ……」

「冗談かどうかはお前次第。俺、福澤の連絡先だって、井上だって笠原だって知ってるよ」

「謝れば良いのか?勝手な想像してお前を軽蔑して」


深く溜息を漏らして頭を抱えると、可笑しそうな木下の笑い声が聞こえた。


「別に謝らなくていいよ、半分当たってるから。その代わり、今晩泊めてよ。行くところないんだ」

「っ……!」


半分当たっているのかとか、行くところがないってどういう意味だとか、聞きたいことは山ほどあったけれど今はそれどこじゃなかった。

こんな俺にだって一応女と付き合った経験はあるし、男を好きになったのも木下だけ。思春期のちょっとした過ちということで俺の記憶は片付いたんだ。
それなのに、今日、その初恋の相手が部屋に来る。同じ部屋で、一晩過ごすんだ。


「行くところがないって……」

「そのままの意味だよ。日比谷、明日も仕事でしょ?もう行こうよ。俺も疲れちゃった」


ゴムは切れていなかったっけ。ローションは少なくなっていなかったっけ。部屋は綺麗だったっけ。
馬鹿みたいに考えては、俺はゲイじゃないと言い聞かせた。




思春期の、ちょっとした過ち。



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