雨が止んだなら
「……雨、止みましたね」
頭上の窓を見上げても、雨粒のひとつもない晴れ晴れとした空しかなかった。
白く大きな雲が、ゆっくりと流れては窓枠から消えてゆくのが分かる。
電線に止まった鳥が、チチッと小さく鳴いてはまたどこかへ飛んでいく。
「ああ、本当だ。今日は外に洗濯物干せそうだね」
何気ないふうを装っていても、桑原さんが今何を考えているかなんて分からない。もしかしたら奥さんのことを思い返し、胸を痛めているかもしれない。もしかしたら本当に洗濯物を気にしているのかもしれない。
それは名前さえ知らなかったあの頃も、恋人同士になった今も変わらない。
分からないんだ。
「……桑原さん、お願いがあるんです」
そっと彼を抱き締めて呟く。
「うん、何だい」
彼も俺の髪を撫でて抱き返してくれた。
「もう奥さんと桑原さんの写真立て、伏せておかなくていいですよ。前は事情を知らないから、隠すために伏せてる。今は俺のことを気にしてくれてる。でも俺、そんなことじゃもう、さよならしてあげないですから」
桑原さんは何も言わなかった。というよりは、言葉が出なかったのだと思う。
頭上で表情が見えない彼は力を増して俺を抱き締め、俺の髪に顔を埋めた。
まずいことを言ってしまったかな、と少しだけ不安に思ったけれど、長い長い沈黙の後に小さく聞こえた「ありがとう」が全てを変えてくれた。
大人びた人だと思っていた彼はどうやらまだ子供なようで、時々見せるそれが本音なのだと気付いたのも昨日のこと。
俺の前では大人でいたいから、と言った彼は確かに格好いいけれど、俺は幼い彼も結構好きだから、余裕のないときの彼をもっと知りたい。
『俺』と言う彼のことももっと知りたい。
「涼太くん、天気がいいね。散歩にでも行こうか。手繋いで」
「はい」
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