雨が止んだなら
「はい、涼太くん」
差し出された、水が入ったコップを受け取ると一口飲んで吐息を漏らした。
まだ熱の冷めない体は、湯に浸かりすぎて逆上せたせいか、彼を体内で受け止めたせいか、あるいはその両方か、定かではない。
「体、大丈夫かい?」
自分のぶんの飲み物を左手に持った彼が俺の隣に腰を下ろし、顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですよ。ちょっと逆上せただけです」
パタパタと手で仰ぐ仕草をして笑ってみせた。それでも変わらない表情を浮かべたままの彼が、黙って不満そうに俺を見つめる。
今さっき付けられたテレビから、人気の刑事ドラマが流れていた。
「それより桑原さん、カレーは?」
「涼太くん食べれそうかい」
「いやあ……お腹空いてないです」
カレーを気にしたのか再び台所へ戻って行った彼が、笑ながら「だよね」と返した。遠くの方でガチャガチャと鍋をいじる音が聞こえる。この日常が心地いい。
「桑原さんはお腹空いてないですか?」
「ああ、私も平気さ」
「……もう私に戻っちゃうんだ」
「ん?何か言った?」
ボソッと呟いた声に反応した桑原さんが台所から顔を出して聞き返すけれど、俺は楽しそうに「なんでもないですよー」とおちょくった。
彼もさほど気にしていないようで、えー、と言いながら台所へとまた顔を引っ込めた。
あれほど騒がしかった雨はしとしととした雨へと変わり、車が通ったときに跳ねる水音だけが雨の存在をしらせる。
窓へ近付いただけで冷気が伝わり、火照る体にはそれが丁度いい。
「涼太くん風邪引いちゃうよ」
「気持ち良くって」
「布団ひいてあるから、そろそろ横になろう」
台所から戻ってきた桑原さんが、襖を開けて微笑んだ。
「いつのまに」
「涼太くんがお風呂から上がって、顔真っ赤にして倒れてるときにひいたの」
「ああ、なるほど」
何も変わりない二枚の布団。
俺はそっといつもと同じ左側の布団に潜ると、桑原さんの気配を感じていた。テレビを消し、電気を消し、襖を閉じ、隣の布団に潜り込んでいる。ちらりと覗くと目が合って、どうかした?と問いかけるように微笑まれた。
「あ、の……そっち、行ってもいいですか」
照れ臭くなってボソボソと言う俺に、桑原さんは毛布を捲って「おいで」と笑んだ。
隙間なく付けた二枚の布団。
結局使ったのは、一枚だけだった。
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