雨が降ったなら
結局夕飯は、スーパーで見つけた安売りのコロッケと、簡単に作ったポテトサラダ。
別れの夜に食べるにはあまりにも質素すぎるものだった。
「手料理じゃなくなってしまったね」
苦笑して告げる彼に、「ポテトサラダは手作りですから」と笑って返す。
「桑原さん、コンビニ弁当は駄目ですよ。あとカレーばっかりも駄目」
「作れるかなあ」
「料理本とか買ってみたらどうですか」
「そうだね、考えてみるよ」
作ってあげますよとは言わない。
作ってよとも言われない。
お互い、言わない。言えない。
「……涼太くんは、手を繋ぎたかったと言ったでしょう。私はキスがしたくて仕方なかった。涼太くんに触れるたび……いいや近づくたび、勢い余って唇を奪ってしまいそうで、自分を抑えるのに必死だったよ」
「え……」
いつからそう思ってくれていたのだろう。
いつから彼は、桑原さんは、俺と同じ気持ちでいてくれたのだろう。
「キス、してもいいかな」
「食事中ですよ。後でいくらでも、」
「でも」
パッと右手を掴まれた。徐々に強くなる力に耐え切れず、右手から箸がカランと音を立てて落ちる。
「でも、今がいいんだ」
時間がない。そう言われているようだった。
俺はいつも流される。彼に誘われ、惹かれ、呑まれていく。
「桑原さんは、いつもずるい」
微かに笑んだ彼が近付いて、そのまま唇を塞がれた。
「んっ……はぁ、ンッ」
見かけに寄らずはじめから容赦ない桑原さんの口付けは、キスをしたかった、という言葉で納得した。
ただ素直に、嬉しかった。
「くわ、はらさっ」
「涼太くん」
それでも身体を繋げようとしない彼はどうしてだろう。それは昨夜が特別で、最初で最後だからだと、さよならを告げたあのときからお互いに分かっていたからだろうか。
「好き、ですーー桑原さん」
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