雨が降ったなら
重たい体を起き上がらせてリビングに行くと、もうお昼だということに見慣れたテレビ番組で気が付いた。
「こんなに寝坊したのは久しぶりだよ」
キッチンから桑原さんの声が聞こえて、俺ものろのろと向かう。
「桑原さんはいつも早起きですもんね。俺は何もない日とかは、このくらいまで寝ちゃいます」
「お寝坊さんだ」
お鍋に集中しながら彼が笑う。
「なに作ってるんですか」
「おじやだよ。卵だけのシンプルなやつ。お腹、空いてないでしょう」
「わあ、美味しそう……。何か手伝えることありますか?」
おじやくらいは作れるんだな、と内心思いつつも「じゃあお皿とスプーンを出して」と言われたので黙って出すことにした。
密かにカウントしていた桑原さんとのいただきますは、これが記念すべき七回目。デザートも含むと八回目だった。キリの良い十回に達することができないのは心地悪いが、わざわざ数えているなんてこと、桑原さんは知らないだろうから関係ない。
それから部屋でテレビを見たり洗濯物を干したり、あの夜俺が言ったように、本当に何もない平凡な日常が続いているようだった。それを俺が隣で手伝って、目が合うとキスをするだけ。
暇だからと言って二人して寝転んで、じゃれて笑あってもセックスはしない。少しでも長く普通に、ただ普通に恋人ごっこを繰り返す。
「ああ、もう六時になるのか」
いくら時間が経とうとまた二人に明日がくるような声色で呟いたので彼を見上げると、表情は全く笑っていないことに気が付いて、怖くなって見なかったことにした。
「早いですね。半日、寝て過ごしちゃったから」
「そうだね」
彼に背を向けたまま蹲る俺の髪を、彼はそっと撫でた。苦しい。
「……夕飯はどうしますか、買い出しに行きますか?」
「ああ、行こうか。先ず夕食を何にしようかね」
数秒の沈黙ののち、はと思いついたように互いの口が開く。
「ミートスパゲティ」
「カレーライス」
声が、重なる。
「……二つは、入らないですよ」
はは、と小さく笑うと、彼も俺と同じような表情で「そうだね」と笑った。
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