雨の降る日
「今日は気温が高く、暖かい一日となるでしょう」
朝、見慣れたお姉さんが嘘をついたせいで、こんなにも蒸し暑いだけの土砂降りの雨のなか、俺は傘もささずに立ち尽くしていた。
昔ながらの瓦で造られた屋根と、時代劇に出てくるような大きな門。その門の上に小さいながらもしっかりと取り付けられた屋根の下、場違いな俺がいた。
学生服のままで多少濡れた髪を気にしながら「このまま家の人に見つからないといいなあ」なんて考えていると、早速罰が当たった。
「あれ。もしかして、雨宿りかい」
左手に傘、右手に買い物袋を持った男が、にっこりと微笑みかけて俺の正面に立った。
「え……あ、はい」
ここの家の人だろうか?近所の人だろうか?もしかして全く関係ないのだろうか?などと、いろいろなことを頭に浮かべて固まっていると、今度は苦笑交じりで呟いた。
「ここね、私の家なんだよ」
ああ、やっぱりそうだったか。
今日は本当に運が悪い。確か天気予報の後の朝の占いでも、十一位くらいだった気がする。
「あの、ごめんなさい。勝手に雨宿りなんかに使って」
俯きながらもそう謝罪すると、また優しく笑って男は小首を傾げた。
「謝ることじゃないよ。なんでかな、こんな家だから、よく君みたいな人が来るんだ」
ここは学校から近い。徒歩五分ほどで着くうえに、これだけ豪勢な家だから学生たちの溜まり場になるのだろう。
俺はそんな人たちの一人になってしまったのか。そう思うと、なおさら申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
「髪、濡れちゃってるね。肩とか足とかも」
「はい、まあ」
俺が曖昧な返事をすると、男はさり気なく俺の髪に一瞬だけ触れ、鈍い音を立てて門を開いた。
「良かったら上がってくれるかい?拭くものを貸すし、お茶も出すから」
「えっ、いいですよ、大丈夫です!」
悪いですから、と慌てて横に手を降ると、男は目線だけこちらに向けてまた口を開いた。
「ずっと家の前にいられても困る。それに、そんな格好で風邪でもひかれたら大変だ」
「じゃあ帰ります。屋根、使わせてくれてありがとうございました」
一度お辞儀をして立ち去ろうとすると、さっきの大きな手の平が俺の腕を掴んだ。
「……すまないね、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
ははっ、と困り顔を浮かべながら頭を掻くと、再び俺を見つめた。
「私のことは気にしなくていいから、良ければ休んでいってくれ。今日は一人で寂しく、カレーにしようと思っていた。でも君がいてくれたら、嬉しい」
「え……」
不思議な人だと思った。
とても綺麗とは言い難い薄汚れたシャツに、皺のよったジーンズ。それでも様になる温かい表情に見惚れた。優しい彼。
「じゃあ、少しだけ」
笑うだけの返事をした彼は、俺を招いて奥のリビングまで案内した。
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