雨が降った日


来た道を戻り彼の姿を探す。大きな背中を見てホッとした。


「桑原さん!」


薄っすらと目を細め口角を上げて、変わらない笑顔で「やあ」と短く返事をした。


「あんなところで会うなんてね。今日は学校は?」

「一回帰って、麻婆豆腐を作ったんです。桑原さんに食べてほしくて」


手に持っていた紙袋を広げて中身のタッパーをみせた。ぎっしり詰められた麻婆豆腐は、こぼれないように輪ゴムで何重にも留めてある。


「そうかい。だから私服なのか」


嬉しいよ、すごく美味しそうだ。
桑原さんは不自然なく、さっきの出来事には触れない。それは有難くて、俺の中からもなかったことにしてしまえるけれど、聞いて欲しい気持ちが少しあった。吐き出してしまいたかった。




桑原さんは、俺の手をとる宮崎さんを見て、どう思った?何を感じた?




「実は食材だけ買って、学校帰りにそのまま寄ったんです。でもいなくて、帰って、作ってきたんです」

「ああ、すまなかったね。仕事をしていたんだね」

「出来上がってまた来たんですけど、はやく来すぎちゃったみたいで。まだいなくて」



桑原さんの顔を見れなくて、目の前に映る長い彼の影だけをじっと見ていた。
ゆらゆら動く、左手の鞄。細かく揺れる、綺麗な髪の毛。


「それで、コンビニに行って、デザートを買おうと思ったんです。でも、桑原さん、何が好きなのか分からなかったから、諦めて。そしたら、宮崎さんに会って、世間話とか少しして、それで、」





声が震えた。鼻の奥がツンとして、妙に熱を持った。


「それ、で……」


彼に嘘なんか付けない。そもそもあの場所にいたのに、通用するわけがない。




デザートは何だってよかった。きっと彼は、どんなものでも笑って喜んでくれる。




「……優しいね、涼太くんは。誰かのために、泣けるんだ。ありがとうって、ごめんなさいって、思えるんだね」







優しくない。俺は全然、優しくなんかない。



告白されてから、宮崎さんのことをちゃんと考えていたと嘘を付いた。
女じゃなくて、男が好きだと言って傷付けた。

優しくなんか、ない。




「俺、好きなんです。好きな人がいてっ……すごく、好きなんです」



あなたのことが、好きなんです。



「そう、ちゃんと伝えたんだね。偉いよ、涼太くんは」



あまり褒めないで。桑原さんの中にいる俺はあまりにも美しくて、現実にいる俺の汚れが妙に目立つ。






彼が褒めるたび、彼が優しくするたび、俺はごめんなさい、と心で呟く。




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