雨が止んだその日


その日の放課後は近くのスーパーに寄った。
なんとなくカレーライスが食べたくなって、料理なんて得意じゃないのに食材を眺めていた。



「涼太くん?」

「え、」


聞き覚えのある声の方へ視線をやる。もしかして。


「桑原さん!」

「はは、最近よく会うね」

「はい、本当に」


本当に、驚いた。


「買い物かい」

「いや、ちょっと……」


言葉を濁していると、桑原さんの買い物かごが目についた。にんじん、じゃがいも、たまねぎ。


「もしかして、今日もカレーですか」

「え。ああ、うん」


はは、と微苦笑を浮かべた。


「昨日は……」

「昨日はコンビニ弁当だよ。ここ二週間ほど、手料理はしてなくてね」


本当にカレーライスしか作れないんだなあと驚きつつも、これじゃあ身体に悪いと慌てた。


「それじゃあ、病気とかにもなりやすいんじゃないですか」

「うーん……朝はちゃんと、卵焼きとか、目玉焼きとか、スクランブルエッグとか……作ってるから」


またも苦笑しながら伝える彼に、俺も同じように苦い笑みを浮かべた。

彼のために、桑原さんのために、なにかできないかな。


「……あ、あのっ、俺と一緒に、料理しませんか」

「料理?」

「はい。俺、パスタとか、親子丼とかは作れるんで」

「教えてくれるのかい。嬉しいなあ」


「迷惑じゃなければ」と俯き加減に呟くと、大きな手のひらが頭に触れた。


「よろしく頼むよ」


赤くなっていないかな。誤魔化すように鼻を擦って小さく頷いた。





ーー買い物かごの中にあった食材は棚に戻され、新しく二人分の麺とトマト缶、ひき肉とにんにくを買った。


「玉ねぎ、にんじん……あと粉チーズとかタバスコはありますか」

「うん、それくらいならあるよ」


自分から誘ったのだからお金は自分で払うと伝えたが、大人ぶらせてくれと払われた。
なんだか良い気がしなかったのでこっそりと食後のゼリーを二つ買って、桑原さんの家へ向かう。


「もう私の家は覚えたかな」

「はい。学校の通学路も通りますし」

「じゃあどこかで、ばったり会うかもしれないね」


柔らかい笑顔を見せる桑原さんに、はい、と同じ笑顔で頷いた。
いま俺は、この人の隣に並んでいる。一緒に並んで彼の家に帰り、夕飯を作る。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。


「それにしても、男なのに料理が作れるなんて凄いね涼太くんは」

「そんなことないです。親が遅くまで帰ってこないので、暇なときに作ってみてるだけですし」

「私の家族も帰りが遅い方だったんだけど、そのときからコンビニ弁当ばかりでね」


情けないという微苦笑を浮かべる彼に、寂しい人だと感じた。そんな彼に手を差し伸べたのが、奥さんだったのかな。










「さあ、どうぞお入り」


桑原さんの掛け声で靴を脱ぐ。一歩部屋に入るだけでもう、彼の空気が全身を纏った。


「本当に大きな家ですよね。……ひとりでいて、寂しくないんですか」


見上げる天井が高すぎた。正面を向いても誰かの笑い声は聞こえない。人なんか、住んでいないような抜け殻だ。


「さあ、どうだろう」


誤魔化すように食材を並べだしたので、俺も気付かないふりをして隣に立った。


「……美術館に行きたいです。桑原さんが働いている美術館に、行ってみたいです」

「来てくれるのかい」

「はい。少しだけ、興味があります」


芸術なんて無縁だった。絵を描いてみても幼稚園生の落書きのようで、今までは嫌いだった。でも桑原さんが働く美術館に、少しだけ興味が持てた。


「今度招待するね。誰でも入れる場所だから、気軽に来るといい」

桑原さんが笑うから俺も笑って頷いた。



ふざけて「涼太先生」なんて呼ぶから調子に乗って料理をしていると、麺を茹ですぎた。俺を舞い上がらせた桑原さんのせいだ。



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