雨の止む日


「あ、あのっ……!」


急いで近付くと、気づいた男が俺を見て「あ」と言うように口を小さく開けた。


「久しぶり、雨宿りの少年」


目を細めて笑う彼の笑顔は変わらなくて、思わず顔に熱を持った。


「お久しぶりです」


言いながら落ちている野菜を拾い集めると、男はありがとうとまた笑った。懐かしいと感じるその声に、妙に胸が高鳴った。


「カレー、ですか」


袋に詰められていく野菜を見て言うと、そうだよ、と頷いた。


「カレーが好きなんですか」

「ううん、そういう訳ではないけど……自炊をするとなると、どうも、ね」


うん?自炊をすると?


「もしかして、カレーしか作れないんですか」


尋ねると男は、はは、とだけ声を出して眉を下げた。


「カレーだけって、それじゃあ体に悪いんじゃ……」


魚とか、肉とか、もっと別な物も食べないと。俺が料理も作れるようなやつだったら、何か作ってあげられるのに。って、何を考えているんだ。と顔を押さえているうちに、隣で男が立ち上がる。


「手伝ってくれてありがとうね」


立ち去ろうとする彼を慌てて追いかけ、「俺も持ちます!」と片方のビニール袋を掴んだ。


「え、でも、」

「また落としたりしたら大変だし、両手が塞がっていると不便だろうから」


だから、あの、と言葉を選んでいる俺に、彼は宮崎さんの方をちらりと見てもう一度断った。


「やっぱり悪いよ。子供は子供らしく、友達と遊んでいなさい」


大人な対応が温かくて、でも苦しくて。


「もう帰ろうと思っていたから、大丈夫です」


俯いたままの俺は、情けない。


「彼女さんが、寂しがるよ」


彼女なんかじゃないのに。真守だったら、文句の一つも言えたのに。


俺は強引に袋を奪い早足に歩きだした。宮崎さんには、「ごめん」とだけ乱暴に伝えて。
彼の困った顔は見たくなかったから、顔は見なかった。長く重い道のりを、二人並んで歩く。





我儘を言ってここまで来たのに、部屋にまでお邪魔はできなかった。彼は「またカレーだけど食べて行くかい」と聞いたけど、首を降って荷物だけ置いてさよならをした。帰り際、玄関が閉まる音を確認して男の家をぼうっと眺めた。


「桑原、っていうんだ……」


名札をそっと指でなぞると、冷たい石の存在を感じる。



「下の名前はなんて言うんだろう……知りたいな」





あの静寂の空間で沈黙に耐えながら、聞きたいことは山ほどあった。一目見た瞬間に気になり出して、どんな人なのか知りたい気持ちが溢れ出す。心のどこかで「やっぱり食べて行けばよかったかな」と欲張りつつも、これでいいのだと目を閉じた。




会いたいな。声が、聞きたいな。


もっと知りたい。



「ーー俺、この人が好きだ」



そう想った途端に、彼のことしか考えられなくなった。



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