走る、伝える



「佐助、よいのか?」
「…なにが」

あの子に、暇を出した。それは旦那に命令されたから。旦那はあの子が好きだ。あの子も旦那のことが好き。両思いだ。

なぜ、旦那はあの子を甘味屋に帰そうとしているのか。

さすがに忍の俺様だけど、今回は旦那の考えていることがわからない。今ごろあの子は泣いているかも。嫌々来たとはいえ、旦那と離れてしまうことになるのだから。…泣いてたらどうしよう。すぐ目が赤くなるから冷やすように言わないと。…それに、

「佐助。某は、あの方を好いておる」
「…知ってる」
「そして、お前も好きだ」
「…ちょっと、旦那の愛は、受け取れないよ。そういう趣味ないし、」
「…違う意味でござる。両方とも、大切だ」
「大切、ね」
「だからこそ、いつも幸せを願っているでござる」

旦那は何が言いたいんだ。表情はいつもと変わらないし…態度も変わらない。

「佐助があの方を好きなのは知っておる。それでも、渡したくなかった」
「…え?」
「知らぬと思っておったのか。全てお見通しでござるよ」
「や、やだなー!旦那なにいってんの!あの子は旦那のことが」

「…お前だから、いいと思ったのだ」

そう言うと旦那は政務に戻るために私室を出ていった。…なにを考えているんだ、旦那は。好き同士幸せになればいい。

考えるごとに真相はまったく分からなかった。だけど、一つ事実があるのは明日、あの子がここからいなくなる。それだけは変わらない。

旦那の私室から出て廊下をゆっくりと歩く。戦国の世にもかかわらず、周りはのどかな風景だ。中庭をふと見た。女中の誰かが水をやったのであろう、花や木にのった露が太陽に光っている。そういえばあの子はいつも水をあげていた。たまに廊下を通る俺様を見かけては、声をかけて。綺麗ですよね、なんて…余りにも幸せそうな顔で言うから。俺様が頷くと、また一つ、笑顔になる。

「…まだ、」

まだ、君の笑顔が見ていたい。たとえ…旦那の事を思っていても。意地悪な事を言うとすぐ怒ったり、少しでも触れるとと頬を真っ赤にして照れたり、城下の家族を思って一人涙を流していたり、名前を呼んでくれるときの、笑顔を。

まだ見ていたいんだ。


はやる気持ちに胸の前で手を握りしめ、走り出した。




走る、伝える




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