雨模様の君



叩いてしまった。あの、猿飛佐助を。とりあえず行く場所がなくて城の長い長い廊下をひたすら歩いていた。だめだ、もう仕事にもどろ。せっかく幸村さまにお誘いいただいたけど、あんな事をしてしまった今、帰るに帰れないし。幸村さまにはまたいつか謝ろう。そう決意し、たくさんある女中の仕事をするために仕事場へ急いだ。


「ふう…こんなもんかな」


あれから行った仕事はいつにも増して早く済んだ。とろい、と言われるわたしでもこんなに早くできる。そう思うとなんだかすごく胸がきゅう、っと痛くなった。


あれ、わたし誰にとろい、って言われたんだっけ?いつもどこからともなく現れて、ただ茶化すだけ茶化して。気付けば隣にいる…


考えるごとに胸の締め付けは強くなっていくばかりだった。…答えなんて分かってる。いつも隣にいた人なんて、一人しかいないじゃない。


「猿飛、佐助」


言い慣れたはずの名前が、たったこれだけの言葉が妙に重くて口にするのが大変だった。そう、猿飛佐助。さっき…わたしが最低と罵った相手だ。まだ心の中ではあの時のもやもやが消えなくて、頬を叩いた手はまだ震える。あんなに嫌味を言われた事より、幸村さまに想いを伝えられた事がショックだった。まだ、大切にしまっておきたかった。いや、いつまでも。


「やっぱり、最低よ」


震える手を握りしめながら、そう呟いた。


「ああ、いた」


不意に聞こえた声に驚き振り返ると、さっきまでずっと心の中で考えていた人物。猿飛佐助がいた。


「なんで、」
「旦那が探してこいってうるさいからさ」


幸村さまが。あくまでも自分は関係ないという言い方になぜかさっきまで感じていた胸の締め付けが増していた。でもそれも自業自得なのは分かってる。頬を叩いて、最低とまで罵ったのだから。まだ猿飛佐助の頬は赤く、少し腫れていた。


でもこれ以上、猿飛佐助と話している理由もなくて足早に猿飛佐助の横を通りすぎて幸村さまのもとへ急いだ。


「…ごめんね、俺、最低だから」


横を通りすぎた時に猿飛佐助があまりにも小さな声でそう呟いたから。その言葉が重く胸にのしかかって、思わず立ち止まり振り返った。


それは一瞬の行為だった。

唇には暖かな柔らかい感触。口付けされてる、と認識したのは、そのあと猿飛佐助が切ない顔をしながら消えてしまってからだった。…私は、どうしたらいいの。



雨模様の君



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第三回拍手連載!

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第二回はまたアップしときます。

エコ