目の前には懐かしい風景。屋敷しもべによって綺麗に整えられた庭が広がっていてその奥には大きな屋敷が佇んでいる。屋敷へと続く石畳を一歩ずつ踏み締めて歩く。その度に、家への嫌悪感が増して足を止めてしまいたくなる。
「…お嬢様、今日は旦那様と奥様はご在宅です」
「、そう」
エドワードの遠慮した小さな声がやけに耳につくほど、周りは静かで歩く音だけが響く。心が警報を鳴らしているように、どくどくと脈打ち逃げ出したくなった。
そう願っても、屋敷の扉の目の前にきていた。蛇の形が縁取られた金色のドアノブが見える。これだけでも帰ってきたんだ、と実感させるには十分だった。
「お嬢様、どうぞ」
「ええ…、ただいま帰りました。お父様、お母様」
エドワードに促されて入った屋敷に、帰宅を告げる。音がしない屋敷にただ自分の声が響いた。
「…おかえりなさい、ティアラ。お父様にご挨拶を」
「…はい、お母様」
広間のドアから出てきた母が、怯える目でこちらを見ながらそう告げた。母は父を恐れている。小さい頃からこの父と母の関係を感じ取っていた。私に何か至らぬ点があると、父は母にあたる。…きっと母は私を疎ましく思っているはずだ。
そんなことを考えながら父がいる書斎の前に立つ。緊張と不安で足がすくむ。
「、お父様…。ティアラです、ただ今帰りました」
「…入れ」
なんの魔法の呪文でもないのに、その父の一声が今の私にとっては呪いの呪文にしか聞こえない。
「失礼いたします、」
部屋に入ると、父は緑を基調としたソファーに腰掛け読んでいた本から目を離さず言い放った。
「…まったくお前は、本当にフィレイフィス家の恥だ。寮がスリザリンではないなど、恥ずかしいと思わないのか」
「…申し訳、ありません」
「どれほど私に迷惑をかけているのか分かっているのか。本来ならば、お前はここにいられる存在ではないのだ」
その言葉に何も返す言葉がなくて、服の裾を握って父の言葉を聞く。
「ああ…お前の婚約が決まった」
「、え?」
ピーターの言葉が頭の中で蘇る。本当になってしまった事実に今はただ頭を殴られたような衝撃に言葉もでない。
「やっとお前が私の役に立つ時が来たのだ」
「…それは、まこと、ですか?」
「お前に冗談をいう時間がもったいない。お前は言うことをきいておけばいいのだ」
「あ、の…相手は、」
「…生粋の純血、ブラック家の」
一瞬、時が止まった。父の声が耳元でこだまするように響く。
「…レギュラスという名のブラック家のご次男だ」