融解する心



どれだけ泣いただろう。たぶん今鏡をみたら目は真っ赤になってるんだろうな。そして涙は枯れることなくながれていくものだと知った。でも…いつまでもここにはいれない。もう少しで就寝時間が来る。それまでには寮に帰らないと。そう思い立った矢先のことだった。

「…ティアラ」

振り向けなかった。振り向きたくなかった。

「ここに、いたのか」

革靴が石畳を鳴らす音が嫌に響く。一歩一歩近づく音にいちいち体が震えてしまう。聞き慣れたシリウスの足音。あんなにも心地よかった音が、今はただ嫌なものになってしまった。

「あの、俺…」

シリウスのちょっと低い声に返答しようとしても唇が麻痺したように動かない。喉がつかえて、言葉をつむぐことができなかった。ただ一言、ただ大丈夫だからと言えばいいのに。なにも聞いてないし、なにも思ってないから、と。

「さっき…ブロングとスリザリンのやつとの、会話聞いて…」

シリウスも聞いてしまったのだ。あの話を。それは結局何もかもが崩れたことを意味していた。もしかしたら、ウィリアムの話していたことは嘘かも…なんて心のどこかでは思っていたのかもしれない。…でもそれを改めて人から言われると、その希望も絶望的になる。

「俺、そんなの知らなくて…本当に、ごめん」
「…シリ、ウスが知らないのは、当たり前…だから」
「そう、なんだけど…本当に」
「もう…大丈夫だから。何とも、思って…ない」

ようやくつむいだ言葉は、途切れ途切れながらも伝えられた。…もうこれ以上ここにいたくない。そう思って、シリウスの後ろにある扉に向かおうと足を進めた。

「ティアラ!」

名前が呼ばれたことに気付いたときには、もう体はシリウスの腕の中だった。じんわりと伝わる人の温もりにまた涙が出そうになる。

今までのことを全て忘れたくなるような腕の中で、再びその手に甘えてしまう。


私は…どうしたら、この暖かさを諦められるんだろうか