一瞬が恋しい



「なまえ、なまえ!」

今日も朝から、城主の声が響き渡る。これがいつもの朝の光景、と認識されるようになってどれくらい経っただろうか。

「…政宗様、そろそろ朝の軍議ですが」
「Ah?…ちっ、もうそんな時間か」
「ちなみに…なまえ様は昨日、甲斐に旅立たれましたよ」
「Ha!?聞いてねえ!」
「でしょうね。昨日、あなたが宴会で酔っておられる間に伝えられていましたから。ちゃんと承諾されていましたよ」

くすくす、という小さな笑い声が周りから聞こえるなかで渋々、朝の軍議に向かう一国の城主に今日もまた小十郎の溜め息が止まらないのでした。



一方、甲斐の国―――

「なまえ殿!久しぶりでござるな!」
「わあ!真田さん!久しぶりですね」

こっちに来てから久しぶりに甲斐に来た。いろんな事情を話して、最初は驚かれたけどなんだか真田さんにはそんな事情関係なかったらしい。なまえ殿にまた会えただけで嬉しいでござる!なんて言ってくれた。そんな真田さんの寛容さに驚いたけど。

「今日も甘味、作りますね。あっちから、たくさん材料持ってきたんです!」
「本当でござるか!なまえ殿の作る甘味は何でも美味しいでござる」

そして驚くことがもう一つ。なんと、あっちの世界。いわゆる未来の世界に自由自在に帰れることが判明した。あれだけ悩んでたものは何だったんだ、まったく…なんて思ったりしたけど。

『強く、願うこと』

これが未来と過去を行き来する鍵らしい。たしかに、未来からここに戻ってくるときに強く戻ってきたいと願った。初めて過去に来たときも実は心の奥底で願っていたのかもしれない。昔の母から、そして昔の自分から逃げたかったんだ。

「ねーねー、なまえちゃん。そろそろ甲斐に永住しちゃいなよー」

なんて、のんきな声でいつの間にか現れた猿飛さん。

「…伊達さんに殺されそうなんで、遠慮しときます」

なんて、もはやいつもの決まり文句になっている言葉で今日も猿飛さんを交わす。

うん、いつも通りだ。こっちに飛んでくる前の単調な色のない日々とは想像もつかないほど、今が心地良い。戦乱の世だけれど、戦は尽きることがないけれど。真田さんがいて猿飛さんがいて、片倉さんがいて。

伊達さんがいる。

それだけで、充分幸せと思えるほど大切な人たちに会えた。

「なまえ殿!早く甘味を!」
「はーい!」

何もかも、失いたくないものたちのために精一杯生きよう。




一瞬が恋しい




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次回、ラストです。
久しぶりの更新、なかなか話がまとまらないという結果に。

100605 エコ