「で、なぜあなたはここに?」
だだっ広い部屋に片倉さんの渋い声が響き渡る。その声には少しの困惑と怒気が含まれていた。あの後、伊達さんの私室に片倉さんが訪ねてきて、まあもちろん私は伊達に抱き締められてるところ…で気まずい雰囲気が流れたのは言うまでもないだろう。そして半ば引きずられるように広間に連れてこられてこうして事情聴取されている。
「良いじゃねえか、小十郎」
「良くないから聞いてるんです」
「あ、の…私」
「あなたのことなんです、きちんと一から十まで話してください」
「小十郎、」
伊達さんが片倉さんを制しているけど、今回は最初のようにうやむやに出来ない。今回、初めてここに来た時と違うことは…私にここに来るための覚悟があったことだった。今は私が来たくて来てしまったんだ、ちゃんとそれを伝えなければいけない。そして、なぜ伊達さんの元を離れて甲斐へ行ったのかも。全て話す責任が私にはある。
「…まずは、謝らせてください」
「なまえ…」
「私…本当に勝手でした。いきなりここを出ていってしまって…」
あんなにも優しく、受け入れてくれたのに。
「…私は、母が嫌いでした。ずっとずっと、憎いと思っていました。いつも比べられて、認めて貰えない…そんな日々でした。」
一つ、息を吸う。
「…人に、嫌われることなんて、慣れてました。けど…伊達さんに嫌われることだけは…怖かった」
そう告げた瞬間、今まで黙って聞いていた伊達さんの眉が少し動いた。
「…伊達さんが優しくしてくれると、心が温かくなるんです。人なんて、絶対に信じられないものだと思ってたから」
思い出したくない気持ちが、言葉をつむぐのを躊躇わせた。でも、伝えなきゃいけないから。
「出ていった日の朝…伊達さんの目が、」
「俺の、目…」
伊達さんは何かに気付いたように目を見開いた。
「…お母さんと、似ていて、怖くて」
一言、一言、噛み締めるように言葉を吐く。伊達さんの顔なんて、見れなくてどんな顔をしてるのか分からない。…呆れてる?軽蔑してる?怒ってる、かな?
「…なまえ、」
伊達さんの低い声が広い部屋に響く。それと同時に伊達さんが立ち上がってゆっくりと近付いてくる。私の前に来た伊達さんが、さっきと同じようにゆっくりとした動きで手をあげた。
叩かれる、そう思った時
「…すまねえな、なまえ」
ぎゅっと目を瞑ったから、前は見えないけど…来ると覚悟していた痛みは無くて、代わりに頭の上には伊達さんの体温があった。
「お前の事を大切に思ってた。なのに、逆に不安にさせて…本当にすまねえ」
「…伊達、さん」
「ごほん…少しいいですか」
「Ah?」
「…まだ沢山、聞きたい事はありますが。忘れてました。宴会の準備が整ったみたいです」
「…片倉、さん」
見たことがなかった、片倉さんの笑み。小さな笑みだったけど…すごく心が温かくなった。
「よし、宴会だ!なまえは今日から仲間だ。しっかりもてなせよ、てめえら!」
そう伊達さんが言った瞬間、襖の向こうから歓声が聞こえた。
え、あれ。なに?
「行くぞ、なまえ!」
「…いいん、ですか」
「Ah?なにいってんだ、阿呆」
「あ、阿呆!?阿呆じゃないです!」
「分かった分かった、」
「分かってないです!」
そういったら、伊達さんが笑った。
「そうやって笑ってろ、な?」
その言葉は、どんな素敵な言葉より、
嬉しかった。
心を抱き締める