色付く世界



ただ会いたくて、走った。あの日タイムスリップした、あの場所へ。行けるかどうかなんか分からない。でも、今は、会いたいの。

「行かなきゃ、」
「…なまえ」

玄関を出ようとした時だった。自分の体が硬直したように動かなくなって。…私が一番、聞きたくない声が聞こえる。

「お、母…さん」

なぜ母に声をかけられたのか。その疑問が一瞬にして頭の中を駆け巡った。今は、お兄ちゃんの稽古中でお母さんが見てたはず。…そっか、お兄ちゃん抜け出してきたんだっけ。でも、それにしてもなんで?

「…稽古は?」
「今日はもう終わり。奏がいなくなっちゃったから」
「お兄ちゃんなら、私の」
「ちょっと、話さなければいけないことがあるの」
「はな、し?」

聞き返すと母は小さく頷き、一枚の写真を私に差し出した。だいぶ古びた写真と何も言わない母を交互に見たら、母は私に受けとるように促してきた。

「…これ、」
「右がお母さん。横の人は」
「お父さん…じゃないよね?」
「お母さんの、好きだった人」

びっくりして写真からお母さんの顔へと視線を移すと、お母さんが小さく微笑んでいた。こんなお母さんの顔初めて見た気がする。

「お父さんと結婚する前ね、その人と付き合ってたのよ。けどお母さん、跡取りだったから婚約者がいたの。それがお父さん」
「政略、結婚?」
「お父さんはいい人だった。けど好きではなかったわね」

遠くをみつめて話す母は、全く知らない人みたいだった。いつも厳しい母が柔らかな笑みを浮かべている。

「お母さん、家を継がなきゃいけないから。結局その人とは」
「…別れたの?」
「…そう。お父さんと結婚して、後悔してないわけじゃないけど…今はよかったと思える」
「なん、で?」

そう聞くと母は私の手を握った。母の体温が手を通して伝わってくる。そんな久しぶりの母のぬくもりに涙が出てしまう。

「ごめんね…厳しくして」
「お母、さん」
「なまえには、後悔してほしくなかったの…お母さんと同じ思いをしてほしくなかった」
「…わたし、」
「だから跡取りにならないように、小さい頃あんなこと言っちゃったの…本当にごめんなさい、」

知らなかった、お母さんがそんなことを考えていたなんて。そんな過去があったなんて。

「…辛かった、寂しかった。私は、いらないと、思ってた」
「あなたの気持ちを考えてあげられなくて…ごめんね」
「…でも、ありがとう。ちゃんと、思ってくれて」
「なまえ、」

「この話をしてくれて、ありがとう」
「…なまえが、昔のお母さんと同じ顔をしていたから。思わず、引き止めちゃったわ」

そう言って、母は困ったような顔をした。

「…わたしね、大切な人ができたの。会いに、いかなきゃ」
「その人のところに行って…後悔、しない?」

後悔…。もしタイムスリップして前みたいに帰れなかったら?もう家族にも友達にも一生会えないかもしれない。帰れたとしても次は時間が経ってしまっていたら?どっちが大切なんて決められないし、こんな答え、ないと思う。だけど、

「今、とても会いたいと思う。今行かなきゃ、絶対に後悔する」
「そう…じゃあ、行ってきなさい」
「はい、行ってきます」

いっぱい不安はあるの。けど前みたいな気持ちじゃない。

玄関をでて一つ息をつく。そしてまた走り出した。



色付く世界




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つまりは、お母さんは自分のようになってほしくなくてヒロインちゃんに跡取りにならないように厳しく対応してたんです。

こう書くと、お父さんのこと嫌いみたいですが、何気に仲良しだといいな。

100221 エコ