戦国時代から戻ってきた日からもう1ヶ月。戦国時代に行ってきたなんて誰も信じないだろうから何もなかったように平凡に過ごしてる。息苦しい家にいたくないけど、私には行くところがないから。…あれから1ヶ月も経つのに、まだ戦国時代にいたときの記憶は鮮明に残ってる。
「なまえ、」
「…お兄ちゃん?」
ゆっくりとノックされたドアに返事をすれば兄の顔がドアから現れた。いたのは、いつものように着流しをきた兄。
「ちょっといい?」
「ああ…うん、」
兄が部屋を訪ねてくることは、あまり珍しくはなかった。兄は、唯一、この家で信じられる人だったから。小さい頃から、兄は他愛のない話をするためにこうして部屋に来る。
「今日は練習じゃなかった?どうしたの?」
「抜けてきちゃった」
「ちょっと…抜けてきたって、」
兄は成人と同時にみょうじ家の家元を継いだ。みょうじ家は母しか子供がおらず、母が跡取りになるしかなかった。そして父はみょうじ家に婿にきたと、昔兄から聞いたことがある。そして今は、兄が家元。
「まあまあ、なまえと一緒に話したかったんだよ」
「…なにそれ」
「それで、何してたの?」
「何ってなにも、」
「なまえ、1ヶ月から上の空だよね」
いきなり確信を突かれた。心臓が大きな音をならす。相変わらずにこにこしてる兄の表示からはは、なぜ分かったのか読み取れない。
「…そんなことないよ」
「そう?いつもどこか違うところに行きたそう」
「どこかって、」
「…大切な人がいるとこ?」
また1つ、大きく心臓が鳴る。兄にそう言われ、また脳裏に戦国時代の風景が浮かんできた。
「また、」
「え?」
「また、思い出してる」
「大切な、人」
大切な人。だって、あの人はまったく違う時代の人じゃない。しかも、私は戻ってきてしまった。もう、会えないかもしれない。…かもじゃない、会えない。
「違うよ、大切な人なんか思い出してない。大切な人なんて、いない」
「…なまえ、じゃあなんで泣いてるの?」
「泣いて、」
泣いていた。涙が出ていた。そう思うと、なぜか込み上げるように涙が出てくる。自分でなんで泣いているのか分からないし、もう前にいるはずの兄は涙で滲んで見えない。
「なまえ、大切なのは素直になることだ」
「素直…」
「それはわがままじゃない。紙一重だけどね。なまえが今したいことって何?何を思ってる?」
「…わたし」
「うん、」
「大切な人が、いるの…とっても。会いたいの、また名前をよんでほしい。けど、もう、会えない…」
「会えない?」
「会いたくない、って思っちゃったから…」
「今は。なまえは会いたいと思ってる。泣いちゃうくらい」
「…でも」
「素直になる、難しいけど今のなまえには一番必要なんじゃない?」
世界が変わった気がした。戦国時代から帰ってきたときのモノクロのわたしじゃない。
「お兄ちゃん、」
「行っておいで」
その笑顔を見て、走り出した。行かなきゃ。…会いたい、会いたい。
ただ、伊達さんに
会いたいの。
願って止まない‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
かなり佳境にさしかかってる様子です。
100219 エコ