それは現か幻か



片時もなまえの事を忘れたことなんてなくて、あいつはいなくなってから捜しても捜しても見つかることはなかった。もやもやした気持ちはどうしても晴れなくて。なんで俺がこんなこと考えてんだ、

「伊達殿、久しいでござるな」

甲斐に寄ったついでに真田幸村を訪ねて来た。なにやら猿飛佐助が少し慌てた様子だったが、すぐに客間に通されて少し待つように言われ今は客間に小十郎と二人でいる。そんなときも、ただただなまえのことを考えていた。

「おお、久しいでござるな!伊達殿」
「…Ah、決着をつけにきてやったぜ」

真田幸村が入ってきた後にすぐ襖が開き、もてなしの菓子を女中が持ってきた。そこまでは普通だったのに。差し出された菓子に、またあいつを思い出すことになった。

「真田殿、これはなんという菓子で?」
「え?ああ!これは城に来た新しい女中が作ったものでござる!確か、えっぐ…たる、と?」
「ちょ、旦那!」
「あっ、あああ!その、決して、未来のものでは、」

すべてが繋がった。この未来の菓子を作ったのも、ここに新しくきたという女中も。あいつしかいない。

「なまえ、」

小さくそう呟いて、すぐに客間を出た。廊下にいた女中にあいつの居場所を聞いて、探し出す。そんな時間が今はすごく煩わしくて。

こんなにも、あいつに会いたい。

後ろからは小十郎や真田幸村の声が聞こえているけど、今は止まっている場合じゃなかった。

なまえがいるという台所の扉の前まで来て、一瞬迷ってしまった。俺は、なぜなまえに会いに来た?あいつに会ってどうするつもりだ?こんなにも長い間会ってないのに、どうやって顔を合わせたらいいのか分からなかった。むしろ、あいつは、俺から逃げたのかもしれない。

「なまえ!」

問いかけた声は、扉の向こうにいるあいつに届いているんだろう。扉ごしになまえの声を聞いてひどく安心した。ただ今は、会いたい、この気持ちだけで。

なぜこんな気持ちをあいつに抱くのか、分からないけど。あいつは未来から来た、全く知らない人間だったのに。ころころと変わる表情に、知らず知らずのうちに、心にあいつがいた。会ってどうしたらいいのかなんて、この際もうどうでもいい。

「俺を、裏切らないでくれ」

発した俺の気持ちに、追いかけて来て俺を止めていた真田幸村たちの力が緩んだ。その瞬間に、台所の扉を開ける。

会いたかったはずの、あいつは、なまえは、

また俺の前から消えていった。


それは現か幻か


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伊達さん視点です
伊達さんはさみしがりやさん←


091226 エコ