離したら、会えない



まだ伊達さんが来ているということに胸が大きく鳴っている。どうする、もし会ってしまったら。どんな顔で会えばいい?…いや、私なんかをもう覚えていないかもしれない。むしろその可能性の方が大きいじゃない。あんな、別れ方をしたのだから。

「このまま、ここにいれば絶対に会わないよね」

そう思って真田さんが残していったエッグタルトが乾かないように台所に持っていくことにした。…確かまだ余ってるから女中の皆に食べてもらおうかな。

台所に戻ると残っていたはずのタルトは綺麗になくなっており、皆が先に食べたのかな、なんて思ってた。こんな甘い考え、捨てるべきだったんだ。近くにいた女中仲間にタルトの行方を聞いてみると、

「ああ、それならお客様にお出ししちゃった」

なんて、そんなことを、いっちゃってるわけで。ちょ、ちょっとまって!お客様って、もしかして、

「伊達様と片倉様に」

この世の終わりじゃないかと思った。…いや、気付かないかな。南蛮から手に入れたものだと思ってくれたら。お願い、お願い、絶対に気付かないで

そう思ったのも束の間。台所の外側は何故か騒がしくなってきた。はっきり聞こえないけど、男の人が叫びあってる感じ。

こういう時の嫌な予想はあたるもので、ただただ背中に嫌な汗が伝っていくだけだった。近づいてくる声に確信をもって。

「なまえ!」

忘れるわけないじゃない。

それは紛れもない伊達さんの、声で。まだ台所の扉が開かないことから真田さん達が押さえているのだろうけど。

扉の向こうに、いる。

名前を呼ぶ声は怒気を含んでいたけど、それ以上にこの声は私が望んでいたものだった。他の誰でもない、あなたの声。

思った以上に、心はあなたを占めていたらしい。

「なまえ!開けろ!」

手をぎゅっと握りしめる。汗が伝う。今わたしが開けたら?その時、どんな顔をしてればいいの。そうしたら、わたしは真田さんを裏切ることになる?望んで…甲斐に来たのに。

さまざまな想いが頭を巡ってパンクしそうだった。

「わたし…」
「帰ってこい!なまえ」
「伊達、さん」
「戻ってこいよ…」

戸に手を添える。鼓動が聞こえるように感じた。

「俺を、裏切らないでくれ」

痛いほど分かるその気持ち。どちらを選んでもわたしは誰かを裏切る。こんな想いをするならば、こんな世界にいたくない…

そう思った時に目の前が真っ暗になって、

気付いたときには、いつもの学校の帰り道だった。


離したら、会えない


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やってしまいましたよ

エコ 091203