迫り来る、気持ち



「真田さん!タルト、出来ましたよ」

なんて一言言えばたちまち真田さんが訓練の手を止めて縁側に座る。これが私たちの休憩の合図だった。女中としての仕事にも慣れて、忙しい毎日を送っている私と毎日政務や訓練に忙しい真田さんが顔を合わせるのはこの時くらい。それでも毎日が充実していた。

「今日は何たるとでござるか?」
「今日はですねー、じゃじゃーん!エッグタルトです」
「えっぐ?」
「あ、卵です!卵!」
「なるほど、実に美味しそうでござる!」

ちゃんといただきます、と言って食べる真田さんに笑顔を向ける。食べた瞬間、頬がとろけそうになっている真田さんを見るのが最近の幸せになっていた。本当に美味しそうに食べてくれるのがすごく嬉しい。

「なまえ殿は本当に甘味の天才でござる!某は世界一の幸せ者でござるよ」
「え、大袈裟ですよ!」
「なまえ殿が甲斐に来てくださり、まことによかったでござる!」
「、はい」

甲斐に来てよかった、本当に甲斐に来てよかった?ここに来てもう1ヶ月が過ぎようとしているが、その疑問はまだ消えないままだった。他にもたくさん不安はある。なんで私はここに来た?未来はどうなってる?これからどうすればいい?

伊達さんは、今、何してる?

夜になるたびにそんな疑問が頭の中を渦巻いて離れない。ただ帰りたい、とはあまり思わなかった。帰れば、またあの空虚の日々に戻る。毎日ただ単調に過ごすだけの生活が始まる。あの、母親に会わなければいけない。それだけは嫌だった。

「そういえば、なまえ殿は…」
「旦那!」

真田さんが何かをいいかけた時にどこからともなく猿飛さんが現れた。ちょっと焦った様子が珍しくて、こちらをちらりと見ながら真田さんに詰めよる。

「な、なに!伊達殿が、」
「ちょ、もう!旦那、声でかい!」

猿飛さんが忠告した時にはもう遅くて、何が起こったのか分かってしまった。伊達さんが、この甲斐に、来たんだ。そんなことが頭の中でぐるぐる回ってる。猿飛さんは伊達さんがいるのであろう門に急ぐように真田さんに言った。

「なまえ殿はここにいてくだされ、」
「え…」
「某は、まだあなたを離したくない」
「何いって、」
「…あなたを、伊達殿に、とられたくはないでござる」

言っている意味があまりよく分からなくて、首を少し傾けると真田さんは優しく笑って私の頭を少し撫でてくれた。そして足早に伊達さんのところへ向かっていった。

「…どうしよう、」

伊達さんがこの甲斐にいる。会おうと思えば会える場所にいる。声を聞こうと思えば、あの声を聞ける。伊達さんは急にいなくなった私を見てどうするのかな?怒る?軽蔑する?…それとも、喜んでくれる?

伊達さんを恐れて、この甲斐に来た。なのに、こんなにも伊達さんに、会いたいなんて。もう自分がよく分からなくて、ただ、ぎゅうっ、とする胸の締め付けだけは痛いくらいに分かっていた。



迫り来る、気持ち




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うわお、また暗くなりました。

こんなつもりじゃ、なかった、はず。


エコ 091127