秒速6度の永遠




心吏←蘭
途中から柚絵さんがとても暗いルートとアホの子ルートに分岐します。

―――――



あと5秒。4秒。3、2、1。

「お疲れっしたーッ!」

今日も練習が終わった。わざわざ時計を見てカウントダウンまでしたのは、それが待ち遠しかったからではなくて。

吏人くんが部活を休んでいる。部活をというか、学校を。しかも今日で5日目だ。週休2日の高校生にとってはつまり一週間。吏人くんの担任に理由を聞いてみると、風邪を引いたのだと言う。
でも私は知っている。彼はこの5日間病欠している―それは事実では、ない。
いや、知っているというのは行き過ぎた表現かもしれない。私の単なる勘違いである可能性も捨て切れない。でもやっぱり、彼の不在の理由であろうものを、私は知っていた。


吏人くんを最後に見たのはこの前の日曜日、市帝の練習日。これまでと何ら変わりのない練習風景を、私は部活日誌に書き込む。吏人くんが、佐治さんが、及川くんが、倉橋さんが猪狩くんが森川さんが月村さんが皆がいて、グラウンドを駆けている。これまでと何ら変わりのない練習風景。
は、その日に限っては異物を含んでいた。
グラウンドを囲む緑色のフェンス。その向こう側、学校の敷地外にリンドウシアンはいた。緑のフェンスは切り取り線。金色の双眸は切り取り線の内側を食い入るように見つめている。その視線の行方を追って血の気が引いた私は、今すぐにこの「練習風景」を切り取り線から切り離してしまいたい衝動に駆られた。そして安全な所に隔離しなければ。あの、場にそぐわない異物から、吏人くんを離さなければ。そんな考えは真っ黒でどろどろとしていて、良いものではないから振り払おうと頭を振った。
気づくと彼はいなくなっていた。一体どこへ行ったのだろう。見えない姿は不安を煽る。他人をこんなにも負の感情だらけで評価するのは初めてで、そんな私自身に困惑していた。
結局その日、リンドウシアンを見た人は私以外にいなかった。もしかしたら見間違いだったのかもと一縷の希望を見出だしたが、すごく嫌な感じのするあの視線は気のせいだなんて思えない。吏人くんはいつものように、そんなの2秒で切り返して下さいと、言った。


そして吏人くんがいなくなってから5日目、金曜日、つまり今日、私はついに吏人くんを訪ねてみようと決心した。
部員の皆は春頃よりも各人頼もしくなっていて、吏人くんがいなくても部活が始まり、熱心に練習をして、汗だくになった彼らは空が暗くなった後に更衣室へと向かう。ただ、吏人くんがいないことによって部内の空気が多少なりとも変わっていることは誤魔化しようのない事実だった。あいつ今日もいねェのな、と、今日だけで何人が私に確認してきただろう。皆一様に少し寂しそうな顔をして、日誌の出欠表の「天谷 吏人」の欄を覗いていく。途切れることなく繋がっていた丸印の後ろに、5つの×が邪魔だ。
私しかいない。マネージャーである私が、吏人くんの様子を確認しなければ。普段の雑用だ何だは彼がほとんどこなしてしまうので大したマネージャー業も出来ていないけど、今回ばかりは私の役目だと強く強く思う。
部員の皆にお疲れ様でしたと挨拶をして、吏人くんの家へと向かう。街灯の少ない道は影が濃くて少し怖い。嫌な想像を追い出そうと、ただの風邪っスよと笑う吏人くんを思い浮かべる。はにかむような笑顔が想像できなくて、でも何だか少し元気が出た。


「あれェ?アンタ見たことあるかも。」


悪寒が走った。恐る恐る振り向くと声の主がいた。真っ黒な服は夜に溶けてしまったかのようで、銀の髪と金の目は対照的に異様な程の鮮明さで闇の中に浮かび上がっている。会いたかった人物。会いたくなかった人物。


「リンドウ…シアン…!」

「あ、オレの名前知ってんだ!でもオレはアンタの名前忘れちゃった。いや、そもそも知らないかも?アンタ誰だっけ?」

「市立帝条高校サッカー部マネージャーの蘭原柚絵で…だけど。」


いくら周りから恐れられているとは言え相手は同い年だ。下手に出る必要はないと、出かけた丁寧な語尾を引っ込めた。


「あーはいはい、リヒトの学校の人ね!リヒトがいつもお世話になってますぅ。」

「…吏人くんを、どこにやったのよ…!」


きょとん。……。にやり。私の質問に対するリンドウシアンの反応は、漫画みたいな表現で事足りるくらいに薄っぺらかった。むしろ私の反応を楽しんでいるようで不愉快さが込み上げてくる。込み上げたものを飲み下すことは出来なくて、私は相手の応答を待たずにもう一度言葉を吐き出す。


「あんたが吏人くんをどっかに閉じ込めてるんでしょ!?返して…吏人くん返してよ!!」

「あーあ、そーいう風にすぐヒトを疑ったらダメなんDeathよ?大好きなリヒトクンにも嫌われちゃうよ?大体返してだなんて、リヒトはアンタのモノじゃないし?解ってる?」


いざ対峙してみると、この人の目と言葉が持つ威力を改めて痛感する。眼光に射殺されそうで思わず目を逸らした。嫌だ。やめて。涙が出る。壊されてしまう。唾棄。


「…ま、確かにリヒトはオレんとこで大人しくしてんだけどね。」


決定的な自白を聞いても、もう目は合わせられない。視線を落としていた足元に黒い革靴が近づく。


「安心しなよ。きっとリヒト、明日から部活出るからさ。マネージャーさんが心配してたって伝えとくね。」


真横でそう囁かれ、そして背後へ遠ざかる足音を聞く。激しく動いていたのか、はたまた極力エネルギーを消費すまいとしていたのか、心臓が酷く疲れている。吏人くんの家へ向かう気はすっかり失せていた。もし明日も彼が来なかったら、明日こそ訪ねてみよう。


『リヒトはアンタのモノじゃない』
リンドウシアンの言葉が頭の中で反響している。吏人くんは私のものなんかじゃない。もちろんそれはそうなのだが、そのままの意味だけじゃなく、どこか含みがあるような言葉だった。

『リヒトは《 》のモノだ』



次の日。土曜日。サッカー部は午前中のみグラウンドを使用出来る日。言うまでもなく練習日。いつもと何ら変わりのない風景が、6日ぶりにふらりと戻ってきた。


「あっオイ吏人じゃねーか!テメー何5日もサボってやがったんだよ!」

「すんません風邪引いてたんス。ていうかオレ5日も休んでました?」

「自分のサボり日数も2秒で忘れたかボケ!」

「サボりじゃねーっスよ」


待望の復活に部員が俄かに沸く。誰も彼も吏人くんの姿に嬉しそうな顔を見せた。しばらく皆にじゃれつかれていた彼は少し落ち着いたところで今日の練習メニューを言い渡す。部員が方々に散ったのを見計らい、私は吏人くんを呼び出した。5日間のことを問いただそうと思って。


【分岐!】
シリアス
アホの子





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