「まだ残ってたのかよ」
職員室に日誌を提出して教室に戻ると、誰も居ないはずの教室には奈良が居た。何をしていたのか、と考えを巡らせていると奈良の手に握られたノートに気付いてその疑問も消えた。課題を出された教科のノートを忘れたことに気付いて戻ってきたのだろう。
最近よく話すようになってきただけに少しばかり期待してしまった。
日直だったわたしに気付いて実は残ってくれてたなんて…まさかだ。

「日誌出してきたの」
「そうか」
「奈良はノート忘れたの?」
帰るのか帰らないのか、なんとなく話が続くものだからタイミングを逃してしまった。わたしとしては奈良と話せる時間が長いのはいいことだけど、この微妙な感じはどうしても緊張してしまう。周りがわいわいしている中話していると全く気にしないのに、二人きりになるといきなり意識してしまうのは下心だろうか。

「ああ。途中で気付いてめんどくせぇけど戻った」
「忘れ物するんだね」
「するだろ。んな完璧じゃねぇし」
「ふふ、なんとなくイメージ?」
「そんなことねぇっての…あ、けど今回はある意味完璧かもな」
「ええ?」
他愛ない話をしていると奈良が口元に手をやってそう、呟いた。こちらを見た顔が急に真剣で心臓が逸る。
「お陰で名前と二人になれたしな?」

「…え、」
視界がぱちぱちする。これはときめきなのか緊張なのか、自分でも判断が出来ない。そうこうごちゃごちゃ考えているうちに奈良が近づいてくる。

「痛っ」
つい、目を閉じたときだった。おでこに一瞬走った痛み。でこぴんをされたのだと気付いた。思わずおでこを抑えながら奈良を睨むと、にやにやと笑った奈良がいた。
「本気にしたか?」

「…するか馬鹿」
図星だっただけに、拗ねたように顔を逸らして言うのが精一杯だった。


xx 20130326