喧嘩をした。
とまでもいかない。一方的にわたしが拗ねているだけだ。

一人前の犯罪者というのも可笑しな話だが、犯罪者が些細なことで頭を捻ってみた。けれどそんな些細なことさえ理解できなかったことが、どうしても悔しかったのだ。…仮にも恋人であるひとの考えていることがまったくわからない。
それは今に始まったことではなく、付き合う前からもあったことなのだが、愛情が深くなると不思議なことに、同程度の疑問が大きなものに感じえてならないのだ。

小さな怪我をして任務から戻ったわたしの元へきて、彼は言った。
「くだらないことで心配を掛けるな」
「切り傷くらいで随分心配性ですこと」
「全てを失いたくなければお前は無傷でいろ」

「大げさね」
「事実を言ったまでだ」
仮面からこちらを覗く目は確かに怖いほどまっすぐで、わたしは思わずふう、と息を吐いた。元々わたしの方から好意はもっていたけれど、恋人という形になったのは雰囲気というやつだった。
だからどこかでそのうち消える関係なのだろうと思っていただけに、怪我一つでこの反応は不安がっていた自分へのなによりの「確か」なものだった。不安だと考えていた自分が馬鹿らしくなったと同時にしあわせを実感した。そして、その実感にすぐさま甘えてしまいそうな自分に気付いて溜息を吐いたのだ。

けれど彼はとても狡猾なのだ。
「あなたも怪我はしないでね」
「誰に言ってる」
「まぁそうだけど…それでも心配はしてる」
「余計な事だ」

「わたしだってあなたが死んだ世界なんてどうでもいい」

あれは、安易な発言だったとは思う。けれど、言った途端彼の目つきは険しいものになったのだ。恋人であるはずの彼の雰囲気に身震いをした。世界征服と一言で言えば簡単だが、それを実際にしている彼に言うべき言葉ではなかった。わたしは、彼がどうしてそう思い至ったのか本当のところをまだ聞かされていない。

わたしは、悔しさと自分への苛立ち、そして彼の狡さにその場から逃げた。
そうして、部屋に篭っている今に至る。

「名前」
「…」

返事を待たずに扉が開かれた。

僕の可愛い人を知りませんか?

「…何よその口調気持ち悪い」
「ふん、可愛気がないことだな」

「ほっといて」
「俺がこうしてきてやったんだ。機嫌を直せ」
「偉そう…」

「偉いからな」
「…」
「そう睨むな。…俺ほど愛情が深い奴はそう居ない。だから諦めろ」

「…、」
マダラのその言葉に頭の奥で何かが引っかかった気がした。けれど、仮面を外され近づいてきた顔に反応して瞼を閉じた頃には、その感覚は薄らいでいたのだ。


背中 20130226