苦しい。

数時間前に切りつけられた脇腹がじくじくと痛い。
馬鹿みたいなミスだった。ほんとうに自業自得としか言いようが無い。

しかもそれが原因でこうしてわたしは今追い詰められている。
面で顔の隠れたどこかの里の暗部の指がぎりぎりとわたしの首を締め付ける。今逃れることが出来たとしても既に赤い痕はついているだろう。
相手はどれだけ暁のことを憎んでいるんだろうか。こんなにも殺意を受けたのはもしかしたら初めてかもしれない。
咄嗟に木の上を走っていたのは間違いだったかもしれない。これが地面だったならわたしは今押し付けられている木の感触がこれほど痛いものだと知らずに済んだ。
こんなことを言えばきっと皆には嘲笑われるだろう。
けれど仕方ない。わたしは里を裏切ることはしてきたけれど修羅場という修羅場はあまり経験していないのだ。わたしはいつも一方的に傷つける側だったに違いない。

しかし忍でありながらまさか忍術ではなく力で殺されるとは思いもしなかった。
ここで死んだらわたしの体は無様に木から落ちるのだろうな。
半ば自暴自棄になって相手の面を見ていると、目の前に赤が散った。

わたしの首は開放され、面の敵はさっきわたしが思い描いていたように木から落下していった。
封鎖されていた器官が開放され、わたしは貪るように肺に酸素を入れていく。膝の力が抜けてがくりと片膝を枝の上に着いた。

「何をしている」
「…」
足元に落ちた視線は見覚えのある足を映す。声がしてすぐさま上の見上げれば見慣れたオレンジの面があった。

「油断を、した」
「ふん、油断にも程があるだろう」

喉奥に響くような低い声がわたしを嗜める。
面の奥に見える赤い目は怒りを含んでいて、開放され安心したわたしの気持ちは萎縮する。

「ごめん」
「…まぁ、いい。帰るぞ」

言われて直ぐ抱きかかえられた。いつもなら容赦なく肩に担がれるところだが、脇腹の傷に気付いてくれたのだろう。やさしい。
服に付着した血のように、じわりとわたしの心にやさしさが滲む。

複数ある内、現時点から一番近いアジトに帰ると、わたしはある一室のベッドの上に下ろされた。有無を言わさず服をめくり上げられる。

「ちょ、」
「大人しくしていろ」

「あ、ああ゛ぁ痛、…っ」
クナイでざくりと刺された傷口を容赦なく舌で抉る様に舐められる。
止まり始めていた血が再び溢れそうな嫌な感覚に、わたしは逃れるように腰を浮かす。

「消毒だ。我慢しろ」
「毒なんて、盛られてないですよ」
「そんなのはわかっている」
「だったら、」

「少し黙っていろ」

舌が動くたびにちりちりと細い針で傷口を刺されているようだ。
黙っていろと言われたからといって黙っていられるものでもない。

「マ、ダラっ」

痛みを訴えるように名前を呼べば彼の動きが止まった。
どくどくと音を立てている心臓の辺りを手で押さえながらわたしの上に覆いかぶさっている彼を見ると、彼の目からは怒りが消えていた。

「危うくお前を失うところだった」
「…ごめん」
初めて聞いた彼の落ちている声色にそれしか言葉が見つからない。

「…お前のせいで全てを消してしまいたくなった」
「それは言いすぎだよ」





そうでもないさ。


告別 20130122