うちは一族が一夜の内に一人を残して殲滅されたと聞いた。 一瞬性質の悪い冗談かとも思ったが母があまりにも言葉にしにくい表情をしていたのでわたしは信じられないという思いだけを抱いた。足元からじくじくと体温が吸い取られていくような感覚。そして次第に体の感覚がなくなる。背筋がざらりと黒いものを撫で付けられたような恐怖が込み上げてくる。 「…イ、タチも死 んだの?」 力の入らなくなったわたしがソファに腰を下ろして暫くしてから、やっと口から出た言葉に母は目を見張った。 「お母さん」 心臓がばくばくと嫌な音を立てる。 ああ、やっぱりか。死んでしまったのか。そんな考えと同時に、嘘だ。イタチが死ぬわけがないと何かに縋るように心が爆発する。 「殺したの」 「え?」 「イタチ君が、殺したのよ」 : : 信じられない。そんな言葉でしか表現できない。だってそうだ。イタチはあまり喋らないけれど凄くやさしいのだ。やさしいのだ。ふと遠くを見つめる目だとか、弟の頭を撫でる手だとか、目を閉じて笑う口元とか。 けど、そんなものじゃ現実を否定できない。わかっている。 同じく半信半疑状態の母にわたしは「そっか…」としか言うことが出来ずに、部屋に篭った。 涙が出ない。 きっと、イタチ以外のうちは一族との関わりが殆どといってなかったからだろう。けれど二、三度イタチの家にお邪魔したときに迎えてくれたイタチのお母さん。母の表情をして微笑んでいた。あの人も、イタチが手にかけたのか。とても衝動的にそんなことが出来る人間ではないのだ。けれど理由も原因もわたしなんかにはわからない。 イタチという人間をわたしは所詮理解できていないのだ。 あんなにも一つ一つの仕草に見とれてしまうくらいに惹かれていたというのに。 あんなにも彼の口からつむがれる自分の名前が特別なものだったのに。 いつの間にか膝を抱えていたらしい。涙は出なくてもどうしようもない、暴れている感情が言葉たちが勝手に口から飛び出してしまいそうだ。 静かに息を吐き出すと同時に顔を上げて気づいた。 普段書籍を置いているだけでまったく使用していない、古びた勉強机に一枚の真新しい紙が積み重なった書籍の上に置いてある。 力なく立ち上がるとそれは半分に折られた手紙だった。わたしの心臓は何かを予感しているように嫌な音を立てる。脳の血管のひとつひとつが拡張されているみたいだ。 勝手に震えはじめる指先で手紙を開こうとするとがくがくと手が揺れる。 わたしは、息を呑んだ。 ある人はその手紙を遺書だと言い 、ある人は恋文だと言い、またある人は謝罪文だと言うだろう 俺のことを忘れてほしい。名前をあいしていた。 涙があふれた。 告別 20130122 |