走った。もしかしたら暁に入ってから初めてというくらい、全力で走った。敵を追い詰めるときよりも速く。速く速く。走り抜ける森の中に緊迫感が充満しているような錯覚さえ覚える。
「待ってくださいよー」
数秒前後ろを振り向いたときには人の気配さえなかった筈なのに。
ぞくり。背筋が凍りそうな恐怖が這ってくる。
声なんか気にしていられない。足がガクガクいっているがそんなのお構い無しに走る。
「待てと、」
「ひ、っ」
「言っているだろう」

わたしは知っている。トビと呼ばれるこの男が、暁の本当のトップであることを。
わたしは知っている。仮面の向こうに見えるこの男の、殺意にまみれた目を。怒りを。憎しみを。

「待っ」
「ああ、待ってやる。取り敢えず今回の任務は直接尾獣に関係するものではないからな。が、ヘマはヘマだ。責任は取ってもらう」
「…わか、っている」
「そんなに怯えた目で見るな。まぁ煽りたいなら別だがな」
「…、」
足を止められた瞬間、全力で走り続けたことへのツケとばかりに足がガクンと力が抜けたように動かなくなった。もう、この男から逃げる術も、それを先に延ばしにする術も無い。

「安心しろ。お前のことを別段嫌いな訳ではない。寧ろ逆とも言える」
見下ろされると、この世の終わりとも感じられるほどの絶望感がわたしの頭を占める。

やさしくこらしめて

やろう

終わった。


深爪 20121212