言いたいことが溢れるようにあるというのに、唇の手前で立ち止まって出てこない。こんなにも静かに終わりは来るものだったか。

I want you to hear love.


失いたくないものほど、そのときになって嫌というほどそれを思い知る。
例えばそれは喉が裂けようとも、泣き叫びすぎて器官がヒューヒューなっても構わない。それどころかそんなものと引き換えに出来るなら。そう望んでしまうものだ。

「イタチ」
「どうした」
木に寄りかかって目を瞑っていたイタチの名前を呼ぶと、呼ぶ前から気配に気付いていたくせに、今気付いたと言わんばかりに薄らと目を開けてイタチはわたしを見上げた。

「…用が無いと駄目なの?」
「…否?」
可愛くもない言い方で言うと、イタチはふっと息を吐くのと同じくらい自然に笑んだ。薄く、口角が微かに上がる程度のそのやさしい笑みがわたしはすきだった。
声を出して笑うことは少ないイタチの、やわらかさが注がれる気がしたから。

イタチの隣に腰を下ろすとイタチは木に寄りかかったまま、静かに目を瞑った。
敵がもしこの辺りに潜んでいたらどうするつもりなのか。襲われたら。なんて、心配するだけ無駄なことだ。
もし仮に眠っていたとして、イタチは殺気や気配で直ぐに気付くだろう。

…けれど、こんな近くに居て、動くことも不自然なことじゃなくて、気配も当たり前なのだとしたらイタチは目を開けるだろうか。
それはあまりにも唐突で、けれどいつかは訪れるだろう、わたしの中に潜むイタチへの感情だった。

「名前」
あと数ミリもあるだろうか。そんな至近距離。もう触れるしかないというくらいの距離に唇があった。
イタチが目を開けた。
わたしを見ているのにどこか奥底を見られているような緊張感が一瞬走る。
「俺を殺すな」

そう言ってイタチは、もう後ろに余裕も無いくせに木にもたれかかる様にズッと動いた。キスを迫っていることがバレてしまったのに、黒い髪が風で揺れるのがきれいだなんて思う。

「触れたいと、思っただけよ」
「だから、そのことを言っているんだ」
イタチはわたしを宥めるように静かにそう言って、息を吐いた。息が熱いと思うのはわたしの自惚れなのか。

「駄目なの?」
「俺は名前が思っているほど冷静ではない」
「キスをしただけで冷静じゃなくなるの?」

「…名前ならな」
「ふふ、ただの中忍がイタチを殺せるの?」
「やってみるか?」

今も瞼の裏では熱く蘇る。
木の葉を去ったとき、わたしは何も聞いていないけどうちは一族に手を掛けたことが事実なのは疑っていないし、イタチに何らかの理由があったなら仕方ないとも思っていない。
ただ、それでもすきだった。
人を殺したら、すきのままではいけないのか。それは暫く考えていた時期も合ったけど、他里の忍を殺しても木の葉の忍を殺しても数は同じ一だ。あとはそれぞれにとっての重さ。
わたしは、イタチ以外のうちは一族とはあまり関わりがなかったこともあって、イタチへの想いが上回った。周囲の目線もあって他言したことは無かったという卑怯者だったけれど。

何年もして、うちはの生き残りであるイタチの弟がイタチを恨み、探しているという話を聞いた。そしてその弟がイタチを追うように里を抜けたことも。
感慨深いという言葉ひとつでは言い表せられない感情がぐるぐると脳の中を這いずり、巡って吐き気がしたのは今でも覚えている。
同じ想いなんて無いとわかっていても、残された側だけを考えてしまった。
何分何時間何日何週間何年。
あなたを思っていればたどり着くのか。

そうしてたどり着いたときには「遅かったな」と言うのか。

イタチが殺されたという話を聞いて、里の状況を考えもせずに、上忍という立場も省みずに馬鹿だと思いながらも殺されたらしいという場所に飛んできた。当然、イタチの亡骸はなくて、どういう戦い方をしたのかも予想が出来ない惨状だった。
死に顔さえ見せてくれないのだと、わかっていた。

けれど、だったら何故


「いいの?」
「…すきにすればいい」
「じゃあ、殺してあげる」

吸い込まれるようにその唇に触れた。触れるだけのキスをするつもりで、愛を伝えるだけのつもりで、でも言葉には出来ない分いとおしさを込めて触れた。
後頭部に回された手の大きさと、心の奥からこみ上げてくる切なさが、勝手に視界をゆるくした。

「…っふ」
唇が離れ、イタチを見るとイタチは目を細めてわたしをみた。

「…殺されるなら名前に殺されてみてもいいな」
たったひとこと呟いて、再び唇を触れ合わせた。

言いたいことが溢れるようにあるというのに、唇の手前で立ち止まって出てこない。こんなにも静かに終わりは来るものだったか。

なんであんなことを言ったの。だったらなんでもう少し待っててくれなかったの。あいしてた。あいして。ほんとはちっぽけなこのプライドなんて捨てて叫ぶくらいにあいしてた。なんで、なんで。なんで、ひとこと、残して言ってくれなかったの。たったひとこと、ひとことだ。信じてくれと言えばわたしは何も聞かずに、

「う゛、わあぁぁああ゛ぁあぁ…っ!」


臍 20120622