鳥肌が立った。 視覚聴覚嗅覚。そんなもんじゃない全身で、わたしの全部が言った。 悔しい。 「名前」 年上の幼馴染であるカカシ君の女癖がよくないことは知っていた。というよりも同じ高校に通っていれば嫌でも耳に入る。そのくらい有名な話だった。 その話を聞いた最初の頃は自分に言い聞かせてた。嘘だ嘘だ嘘だ。 でも、実際それを見てしまってからは何も言えなくなった。 ただ、わたしがカカシ君をすきなことだけはなにも変わってはくれなかった。 噂の、女の子との密会。見た瞬間全身の毛穴というものが全て開いたようだった。 場所は中庭。なのに悪びれもしないでど真ん中。高さがある草が申し訳程度に姿を隠しているようだった。 クラスメイトと偶然見てしまった。相手の女の人は多分気づいてなかった。 中庭の草陰、女の人に体の上に乗っかられてるカカシ君が女の人の髪の毛を耳に掛けていた。それだけだったのに。 目が合った。 そわりと何かが背中を撫でた。表面をそぎ落とされたような恐怖。何を考えているのがわからない目が、見た目だけは昔と変わらないのに知らない男の人の目がわたしを見ていた。 わたしは逃げ出した。もう怖くてなのか悲しくてなのかわからなかった。 こういうとき幼馴染っていう関係はとても厄介なものだと思う。カカシ君はわたしに見られても気にしてないと思う。だからこれはわたしの認識の問題だ。だけど駄目。 全身が拒否をした。アレを知りたくない。 知らない。あの人は誰。 そう反射的に思って逃げるように辺りをぶらついた。カカシ君が家に帰ってから帰ろうとした。勿論帰宅時間なんて知らない。 けたたましく鳴る携帯も無視した。 ぐるぐると考える嫌な時間の潰し方は一分さえも長かったけどまだ帰ってないのではと考えていたらとっぷりと辺りは暗くなり煌々と見える携帯の画面の中の時刻は23時になっていた。 「名前」 「!」 声を聞いただけで震える。最早これは幼い頃に抱いていたあのやわらかく甘い恋心ではない。 振り返れない。 肩に手が乗る。少しの熱はとてつもなく重くのしかかる。 「な、に」 これだけがやっとだった。 「おばさん心配してる」 「…は、い」 「帰るよ」 「はい…」 腕を捕まれて強引に引っ張りあげられた。しゃがみ込んでいたことを今の今まで忘れていたほどにわたしはショックだったのか。今更足が震えてる。それが追い討ちを掛けるようにショックだった。 「なに、お前そんなに嫌だったわけ?」 「…なに、が」 頭を鈍器で殴られたような衝撃だ。思わず引っ張りあげられたままの、自分の力で立ててない状態でぐるんと首だけで振り向く。 カカシ君は何を考えているのかわからない目でわたしを見る。 「俺が他の女とセックスしてんの」 「…」 関係ない。 関係あるわけない。幼馴染っても仲良くしてたの何年前だと思ってんの。わたしだってもう高校生になったし何時までもカカシ君の後ろただ付いてって喜んでるような子供じゃないんだから。 そうだよ。 「嫌…ショック、だった」 捕まれていた腕が放されてわたしはそのまま地面に座り込む。 「…昔のカカシ君じゃなくても?」 そうだよ、だから関係ない。あの頃のやさしいカカシ君じゃない。 わかってるよ。でも仕方ないじゃん。 「…馬鹿だね」 そんなの自分が一番わかってるよ。でも仕方ないんだよ。 「だって、…五月蝿いよ仕方な、…う、うう゛ぅぅぅ〜…っ」 支離滅裂だもうなにもわからない。 地面がどんどん濡れていくのはわたしが泣いているからだと気づくのにどのくらい掛かったんだろう。 カカシ君がしゃがんでわたしと同じ目線になったのは何分前だったんだろう。 ひとりきりじゃもうなにもわからない。 「顔上げて」 「…ゃ、」 「上げなさい」 「…」 だいすきだったの。途方もないっていつの間にか知ってた。だからカカシ君のやさしさでそう言われてこれ以上嫌なんて言えるはずもなかった。 もう違うってわかってもどうしようもない。自分のこころでも説明できないような感情が一日でこんなに押し寄せてきて潰されそうなんて怖かった。 中庭のあの光景を見たときに思った。自分が怖い。あのままあそこにいたら本気で人を殺してしまいそうな気がしたの。 「名前の代わりにしてたったら怒る?」 「…え」 「あの女たち全部名前の体だと思って見て触れて舐めて抱いてたったら軽蔑する?」 「うそ、だ。そんなことあるわけない!…だってわたしは昔からカ「本当。」 「俺、名前しか見えないの」 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。 そんな目で見られたらそんな風に言われたら軽蔑なんて、軽蔑なんて 「す、きぃぃ…!」 もう涙しか出ない。 20120602 云々 |