俺の時間。そんなの
「どう使おうが俺の勝手でしょ」
「無駄に使う必要は無い、筈です…」
「無駄じゃないよ」
「無駄です」
ユナは顔を上げようとしない。あれを見られた以上はもう何を言っても誤魔化しようはないな。バレてしまったという事実が後ろ暗さでもあり、同時に重たい何かが体から抜けたような感もある。
「ユナをそれだけすきだって言っても、納得しない?」
はたけさんの言葉に胸が苦しくなる。嬉しくないと言えば確実に嘘。でもそれ以上に
「それはわたしではありません。わたしにははたけさんとそういう関係であるときの記憶もないし、はたけさんに好かれるようなところもないんです」
それどころか何度だって
「すきだよ。今のユナも、俺がすきになったユナだ」
「…でもっ、でも、わたしは何度だって「ユナ」
ユナの言おうとしている言葉を遮ろうと声を被せた。それを本人に言わせることも本人から聞くこともどうしようもなさすぎて物悲しい。

「 何度だって、…忘れてしまう」
ああ、やっぱり君はそう言ってしまうんだね。
何度目の君だったか、そのときも君は言った。もういいのと。もう、自分の時間を過ごしていいからと。わたしから離れてしまってと。


ユナとはアカデミーからの付き合いだった。とは言っても班は違ければ特に仲が良かったわけでもなく名前と顔を知っている同期といった薄ぺらい関係だった。
深い関係になったのは、写輪眼を手に入れた日の数日後だ。俺は、いつもの修業場で岩に腰かけて泣いていた。そこにたまたまユナがやってきてそのまま俺の隣に無言で腰かけて俺が立ち上がるまでただ黙っていた。
俺は、声を押し殺して泣いた。ずっと泣いてた。先生の前でもあまり泣けなかった。多分、後悔をしていたからだ。もっとあいつのことをわかってやれてたら、その時間が長ければ。
俺の中で見え隠れしてた親父のことをわからせてくれるような奴だったのに。
どのくらいその場に居たのか。少なくとも高い位置にあった太陽が光を落として月が高い位置に見えるくらいまでは居ただろう。俺は静かに立った。
ユナも立った。そして俺に背中を見せて「またね」それだけ言って消えてった。
このときユナが何も言わないでくれたことで俺は多分凄く掬われた。
汚い感情もぐるぐる渦巻いていた不安も悲しみも全ての負の感情が軽くなった。
結局そのときのことは俺たちの関係が恋人になってからもユナから話を振ってくることはなかった。
何気なくを装って俺が「あの時なんで隣にきたの」と尋ねたときもユナは笑って「カカシの隣に居たかったから」と言っただけだった。それを聞ければ十分でもあったしそれがユナにとって理由になるのならもうなんでもよくなった。

今の、と言うと少し違うかもしれないが記憶を失ってからのユナは忍としての知識も技術もないようだけど以前は生徒を持たない上忍だった。
一緒の任務を熟したことも何度かあった。けれど別々の任務の時にユナは元気な姿ではなく仲間に担がれる形で病院に運ばれた。
任務の途中で遭遇した忍にやられたらしい。詳しいことは何度聞いてもわからなかった。対峙したのがユナ本人だけだった。
そのときの里で一番の医療忍者に聞いたところ脳に異常があり何か隠蔽のような術を使われたのかもしれないが過去に似通った事例がないことかそれ以上はわからなかった。
俺は自分の任務が終わって飛ぶように病院へと急いだ。外傷はなにも見受けられなくて肺の中に溜りにたまっていた息を吐き出してただユナが目を覚ますのを待ってた。
目を覚ました時も最初はぼーっとはしていたけど元気そうにしていてなにもなくてよかったと安堵した。

はたけさんの日記を見つけてしまったことを後悔した。けれどもっと早く見つけていればとも思った。
日記は冬から始まっていた。5年前の来月末からだ。
・ユナが記憶を亡くした。何も覚えていない。何も。
・ユナは俺を見て初めましてと笑った。俺は初めましてと言った。はたけさんと、呼ばれた。笑った顔が少しも違っていなくて泣いてしまいそうだった。
・ユナが病院を退院することになった。記憶が無くなる以前は一緒に住んでいたと告げるとどこに行けばいいだろうと困っていた。俺は一緒に住む?と聞いた。数分ほど待ってはたけさんがいいのであればとユナは躊躇いがちに言った。断られなくてよかったと内心とても安心した。
・一緒に住んで数日経った。ユナが煮物を作ってくれた。以前作ってもらった時と味が同じで、ふるまいも笑い方も同じで、なんで記憶だけないんだと思うとあの日ユナと対峙した見知らぬ忍に殺意を覚えた。そして前のユナと比べてしまった自分が馬鹿でどうしようもない駄目な男で死にたくなった。ユナは悪くないとわかっているのに置いて行かれたと思う自分が嫌になる。
・カカシと呼ばれた。
・朝方を過ぎて任務から帰宅するとユナは居間で座ったまま寝ていた。どうやら待たせてしまったようだけど待ってくれたことがとても嬉しかった。起こさないように抱きかかえてベッドに寝かせた。自分からする血の匂いをシャワーで流して今日は許してほしいと思いながら抱きしめて寝た。
・叫び声で起きた。どうやら状況が理解できずに声を上げたらしい。敵に奇襲を受けるよりも驚いた。
・ユナが抱き着いてくれた。すきだと言ってくれた。泣いてしまった。俺もすきだと、ずっとすきだと言った。抱き合って寝た。
・目を覚ましたユナが俺を見て誰、と言った。気づけばあの日から丁度一年が経っていた。

20111007
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