待っててと言われたら寝てるわけにはいかない。けどそんなのは建前で、私自身がよく知りもしない彼を待ちたいと思った。
過去のことは殆ど記憶にないし、あるのは先日病院で起きたあとの数日間だけ。その記憶の大部分を占めるのが彼だ。彼のことは知らないけど彼以外のことはもっと知らない。せめて強いのか弱いのかだけでも知っていれば彼を待っているこの時間、少しは不安が無かったかもしれない。

床に座って考えていたからか体が冷えてきた。そういえばご飯も食べていなかったからエネルギーがないのかもしれない。寝ないで待つのは全然問題ないけど空腹はキツい。
「…冷蔵庫、」

お腹が空いて何かないかと冷蔵庫を見れば何もない。食材が少々あるだけ。つまんでよさそうなものはあまり見当たらなかったので待っているついでに簡単なものでも作っていることにした。
おじさんには見えないけど凄く若いわけでもなさそうだったのでお味噌汁と煮物、個人的に好物である出し巻き卵をつくって先に食べた。


「たーだいま」
「!」
「あれ、何ご飯作ったの?」
丁度食べ終えた所だった。朝方に帰ってくる筈だった彼がひょっこり背後から顔を出した。
「お腹空いて、…勝手にごめんなさい」
「いーよ別に。俺の分もあるんでしょ?」
目を細めて笑う彼の頭の中はどうなっているのか、私の中に存在していたのかもわからなかった知識欲がむずむずと噴き出てくるようだった。

「あります。 朝方じゃなかったんですか?」
「予定だったけど早くなったの」
「何故?」
「俺が早く帰ってきたかったから」

口布を顎まで下げて出し巻き卵を箸でつまみ口元に運びながら彼はそう言った。なんでもないように言う彼に、嬉しくなっている自分が居ることに気付いた。


20110411
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